2008年の6,7,8月に南米、ペルー、エクアドル、ボリビアそしてチリのアンデス地方へと、スケッチ自転車旅を行いました。そのときの現場水彩スケッチの数々です。
01 Caullarajuの山々 6月10日 午前
Conococha峠を朝に越え、Santa川谷にやってきた。Blanka山脈が谷間の平地越しに広がる。山々のピークの標高は5,500m前後。雲が広がって風が吹くとひどく寒い。
02 Querococha湖(標高3,780m) 6月11日 午前 (個人所蔵)
10 ロト橋 7月5日
クエンカの街中を流れるトメパンパ川対岸より、崩れた橋、プント ロトをスケッチする。橋の先端にカップルが見え、背後にTodos Santos教会がそびえる。
11 コトパクシ山(標高5,896m) 7月11日
エクアドル富士とも呼ばれる活火山。ラッキーにも道縁から山容のかなりの部分が見える。夕方だったが見えるうちにとスケッチ。終了後、その場でキャンプとなった。案の定、翌朝には深い霧に閉ざされて山はまったく見えなかった。
12 サン フランシスコ広場 7月16日
エクアドルの首都、キトの旧市街にあるサンフランシスコ教会、修道院前の広場。角に建つ安宿「スクレ」から見下ろしてのスケッチ。飲料とアイスクリームの売人の掛け声が響く。「エラド エン コーラ。」
13 クエンカ通り南 7月17日 (雅氏所蔵)
キト。サン フランシスコ教会前、夜間照明ボックスにもたれてスケッチ。通りの角に宿泊中の宿「スクレ」があり、2階の自室の窓が覗いている。靴磨きの少年が寄ってきて、スケッチの進行状態を観察し続けていた。
14 クエンカ通り北 7月18日 (個人所蔵)
サン フランシスコ教会前の階段から通りを見下ろしてスケッチ。サン フランシスコ修道院の白壁補修塗りをしていた職人が見物にやってきて、何事かを話しかけてくるがわからない。pintor(ペインター)仲間には違いない。
15 独立広場 7月20日
キト旧市街中心部。カテドラルの右端に向かってスケッチ。カテドラルの正面で打楽器バンドが演奏しているのだが、広場を取り囲む石造りの建物に反響して聞きづらい。スケッチ終了後、近寄ってリズムを十分に楽しんだ。
スケッチ中、靴磨き少年が来て、ガムテープで補修した私のスニーカーを磨かせろと言う。唖然とする私に追い討ちをかけるように小銭をせびる。ただ生きるために、少年には必要なしたたかさなのだろう。
16 サン フランシスコ広場群像
宿「スクレ」自室から見下ろして トレーニング群像スケッチ。
17 スクレ 5月25日広場 7月26日
ボリビアの古都、スクレ。エクアドルのキトから三日三晩バスを乗り継いでやってきた。広場内のベンチに座り、木の間越しにカテドラルを見る。のどかな光景だが、やたら靴磨きや物貰いがやってきてせわしない。
18 ポトシ カテドラル前 7月30日午前
2,000年以来、2度目の滞在となるポトシ。カテドラル前の公園ベンチに座って、ラ コンパーニャ教会を望んでのスケッチ。初め は日陰で薄ら寒く、伸びてくる日差しが待ち遠しい。パンパンとにぎやかな音が近づいてくる。聖像を山車の上にしてパレードがやってきた。車通りは無くなっ たのだが、人垣で相変わらず見通しが悪い。
ベンチの横に民族衣装のインディヘナおばさんが座っていたのだが、豆を食ってはかすをほきだす。あげく、豆を下にこぼし、これを連れていた子供が私の足元で拾う。落ち着かない。やがて立ち上がって行ったのだが、こんどはハトが集まってきてやはり落ち着かない。
19 宿「ラパス」の中庭 7月30日午後
2,000年にも泊まった、ポトシの宿「ラパス」。泊まった部屋は違ったが、雰囲気は変わらないようだ。前回も同じ対象でスケッチしたはず。
20 ウユニ塩湖 8月4日
百数十km、塩の上を走って塩湖を横断した。途中にある湖中の島「ペスカード(魚)島」に上陸してスケッチする。巨大なサボテンが自生している。
塩湖面上にテントを張って一夜を過ごしてきたのだが、塩の上は恐ろしく冷たく、2,000年でのウユニ湖上キャンプの寒さを今更に思い出した。この島に上陸して土の上にキャンプしなかったことを後悔しつつのスケッチ。
21 チャチャニ山(標高6,075m) 8月13日
ペルー南部の古都、アレキパ。宿「La Reyna」の4階にある自室前からスケッチ。
22 アレキパ サンフランシスコ教会広場 8月15日
朝、博物館の開館を待ちつつ、広場でスケッチする。金曜日なのだがいつまでも開かない。朝まで飲んだくれていたらしいボラチョ (酔っ払い)がまだ騒いでいるし、本日は祭日(アレキパのみの?)か? 時間がたつにつれ、土産物屋の店開きが進んであでやかな雰囲気になってくる。芝生 の上にはハカランダの大樹が散らす紫の花びらが乗っていた。
後日も博物館は開かず、結局は休館中のようだった。















