2001年、6月から9月までの3ヶ月のUSA西海岸を中心とする自転車旅スケッチです。カナダから始まりメキシコまで足を伸ばす北米西部の旅では、内 陸ラスベガスあたりの40℃を越す炎熱の荒野、そして霧に包まれてひんやりした海岸や巨木の茂る森、と北米大陸の大自然の多様性を楽しむとともに、友人を 尋ね、あるいは20年来消息を失っていた友人を尋ね当てて旧交を温めなおし、又、旅の上で知り合ったバイカーの宅にお邪魔したり、と楽しい時を持つことが できました。しかし旅の終わりのバンクーバーで同時多発テロを迎え、帰国便の変更にいささか手間取りもした旅でした。
すべて、旅現場でのスケッチです。お楽しみください。なお、スケッチ展にて買い上げ頂いた作品は載せてありません。お持ちの方はそのスケッチがどの位置 にあるか検討しつつごらんください。 スケッチサイズは、34までF4(245mmx335mm)、35以降は230mmx310mmです。
行程図
アイダホ州、Caldwell近く。昼時、農場のへりの木陰でスケッチ。アルファルファの紫の花が放つのだろう、さわやかな香りに包まれて。 この畑は乾草の為でなく種を取る為のものかもしれない。サラダもやしの為の。
Stove Pipe Well 手前のフリーキャンプ場に、日は高いが早々とキャンプインした。デスバレーを見降ろしてスケッチする。
日付まちがい。カリフォルニア州ではあるがアリゾナ州に接し、メキシコ国境も近いあたり。夕方、牧草畑の中、乾草の山陰でスケッチする。この後、用水路脇の綿花畑の中にキャンプする。
公園の中の島で夜を過ごし、テントを片付けて浜に出た。スケッチをする。ウォータースポーツが盛ん。ここはウォータースキー場のようだ。 飛び立った飛行機が朝曇の空に消えていく。スケッチが終わるころには晴れ上がっていた。
カリフォルニア州立キャンプ場には、バイカーハイカーサイトなるものを持つところが多い。1ドルで1泊できる。そんなキャンプ場を泊まり走っている。
ほんの21km移動しただけでこのキャンプ場にチェックインした。テントを広げる前にまず浜に出て夕方のスケッチ。
南カリフォルニアの浜はいずこも明るくにぎやか。小さな女の子がやってきて、私の頭を触らせて、と言う。薄く伸びかけの私の頭はその小さな手にどう感じられたのだろうか。
見えもしないが豪邸が建っているのだろう、この門から出てくる淑女の運転する車はもちろんベンツ。スケッチする私は巡回警備員のおばさんにしっかりチェックされ、名前も控えられた。しかし、彼女の対応の慇懃さはさすが高級住宅地。
Oxnard近く、Venturaか?豪邸が建ち並ぶマリーナをめぐる遊歩道脇、芝生の上で昼飯休み。朝作ってきた卵サンドを食う。 内陸部の40℃を越す夏と異なり、海岸部は涼しく20℃程度までしか上がらない。風も強く、日陰に入ると冷える。
食後、強風をおしてスケッチ開始。風の方向を読み誤ってスケッチブックの上下を開き間違えたせいもあって、我慢のスケッチ。
今日はいつまでも朝曇りが晴れない。自転車ルートは美しい海岸通りを、クネクネと高級サマーハウス群を縫って走る。自転車道脇に停まりスケッチを始めた。
下の砂浜は人影少なく、のどか。元気な犬が海に飛び込み、主人の投げる木枝をくわえてくる。そしてもう一度とせがんで、木枝を手にした主人に吠えかける。その声が波音に混じって聞こえてくる。
海を背にして、ハイウエー1号線を走る車のタイヤ音に脅かされつつのスケッチ。枯れ草の岡をバックに、農家の家畜小屋倉庫とユーカリの木をモチーフにして。
曇っていたのだが、スケッチを始めるにあたって晴れ渡った。海風は涼しく、日向にいても暖かいぐらいで苦にならない。
インターナショナルハウス[各国学生宿舎]の脇、Bancroft Steps の上から、遠景にGolden Gate Bridgeを見てスケッチする。
1979年のBerkeley滞在時にはアイハウスで食事を摂っていたものだった。 夕食の支度をしているのだろう、ニンニクの香りがしてくる。この通路を学生達が通るのだが、フランス語も聞こえる。そして息を弾ませて駆け上がってくるジョガーも。
太平洋から広がってくる霧は、やがてGolden Gate Bridgeもサンフランシスコの街影も覆い尽くしてしまった。
アラメダ島のsouth beach、 背後にbird sanctuaryがある。サンフランシスコ湾にかかるベイブリッジと対岸のサンフランシスコダウンタウンをスケッチする。
オークランドの海岸部にある。かつての灯台をレストランにしているのだろう。ビクトリア調の木造建築が美しい。
電話で連絡の付いた二人の友人とここで待ち合わせている。友人がやってきてスケッチを中断した。この中に入って昼食会となった。今まで連絡もなく、20年過ぎたが、再会すると当時の気持ちのままだ。
食事会がお開きになってスケッチを再開し、仕上げた。
前作に引き続いて、ビクトリア調建物の庭をスケッチする。先ほど再会した友人の一人が、今度は同居するGFと愛犬のBobを連れて現れた。スケッチ終了後に彼らのお宅に呼ばれることにする。
サンフランシスコに入ってきた日にスケッチした同じ場所、同じジェティーの上でスケッチする。前作とは別の方向を向いて。やはり風が強い。こちらは青空が広がっているが、ほんの目の前、外洋に面する海岸は霧雨が1日中そぼ降っている。
終了後、ゴールデンゲートブリッジを走り渡り、ゴールデンゲートパークのフリーキャンプ場に泊まった。
朝、Avenue Of The Giantsを走る。直径2,3mのレッドウッド巨木が茂るロックフェラー記念林。踏み入るものは誰も畏怖の念を覚えるだろう。
道端の巨木に自転車を預け、朽ちかけた根っこに腰をおろしスケッチを始めた。
約7千年前のMazama火山噴火によってできたカルデラ湖。外輪山に囲まれた丸い湖。湖面標高は2千m余り。最深部は6百m程で、USA一の深さを誇る。
知り合ったチャリダーの勧めにしたがって、海岸部から3日がかりで登ってきた。
湖水のたたえる深い青色が美しい。
キャンプ場で朝食を摂り、テントを残して海岸段丘上に出た。灯台をスケッチする。 この灯台はオレゴンコーストでは最も西に位置し、太平洋に一番突き出ている。そして最も古い1870年から、金採掘と木材産業で盛んになった海運を導くために灯がともされてきた。
太平洋岸、とりわけオレゴンコーストでは灯台めぐりが大きなアトラクションになる。これから、灯台を訪ねての連作スケッチになる。
Bandon Oregon St. 1896年から1939年まで稼動した灯台。1979年にinter pretive center[公開集会所?]としてレストアされた。
猫が日向ぼっこしている。昨日からの強北風が収まってきた。重ね着した合羽が暑く感じられてきた。
ここの灯台はオレゴンコーストでは最も早く、1857に開設されたが、1861年に砂地侵食によって崩れ落ちた。この建物は1894年に再建されたもの。この灯台の放つ光は赤と白の交互点滅で特徴がある。
サンドバギーが楽しそうに爆走する。午前中にCape Arago灯台をスケッチしていたのだが、雨のために途中でやめた。このスケッチも雨で中断した。
近くのキャンプ場に泊まり、雨中、テントの中でこれを仕上げた。
1894年から稼動している。その放つ光はオレゴンコーストでは最も強く、21マイル沖から確認できる。1893年に建てられた燈台守宿舎Heceta Houseは現在、B&Bなどに利用されている。灯台内部も見学できる。
灯台から戻ってきて、Hw101号脇車寄せからスケッチする。今日も空は重いが、雨に降られずにすんだ。
スケッチ終了後、連泊となるCarl Washburn State Parkに戻った。
オレゴンコーストで2番目に古い1871年に灯が入ったが、ほんの2、3年でYaquina Head灯台にその役割を譲った。灯火塔建物の中に燈台守宿舎が含まれた、太平洋岸でも珍しい構造になっている。ここには幽霊が出るとのうわさがあるそうだ。
橋向こうにはビール醸造所があり、独特の匂いが漂ってくる。観光船上のアナウンスも流れてくる。久々に思える良い天気で気持ちよし。昼時、日向であるが、ウインドブレーカー、麦藁帽子、サングラスで快適にスケッチできる。
93 foot 建物高のこの灯台はオレゴンコーストで一番ののっぽ。1873年から灯り続ける現役灯台。 波音は激しいが、人影まばらでのどかな浜。流木が美しい。遅い午後の逆光と海もやで霞む灯台。
1890年から1963年まで稼動。38footの高さはオレゴンコースト一番のちび灯台。 土曜日のせいだろう、たくさんのツーリストが通る。灯台のレンズルームに人が登り入ると、プリズムレンズに上下逆さまの人影が映る。
Tillamook Head沖の岩小島の上にあって、打ち寄せる荒波に虐げられているように見えることからか、Terrible Tillyのニックネームを持つ。1881年からコロンビア川に出入りする船を導いてきたが、今はColumbariumとして病死者の灰骨収容施設に なっている。オレゴンコーストでは唯一の私有灯台になっている。なんだかきな臭い感じがする。
Canon Beachのサンドデューン上からスケッチする。風が強くて砂まみれになる。昼過ぎのスケッチ。
ワシントン州に入り、コロンビア川北岸を東に走る。土石採掘場跡にキャンプする。夕方のコロンビア川を見降ろしてスケッチする。
大河に浮かぶ中州の道路を2台のロードレーサー自転車が走っていく。川面を大型船がさかのぼっていく。この先には工業都市のPort Landがあるのだ。
1980年、大爆発して大きな災害を起こした火山。標高2950mから2550mになった。根こそぎ吹き飛ばされた木の残骸が、植林された苗木を隔ててそこらじゅうに横たわる。
野営地の朝、スケッチを始めたが霧が登ってきて視界が閉ざされた。しばらく待ったが視界は開けず、野営地を出発した。 山に近づくと霧は晴れてきた。自転車を降り、パニヤバッグからスケッチブックを取り出し、中断したスケッチを道端で完成させた。
St. Herens山で知り合った自転車乗り、David氏に誘われるままにOlympia郊外の自宅を訪ねた。夕方に着いて、早速にスケッチ。バラや草花が咲く、美しく手入れされた庭。
奥さん手作りのおいしいアップルパイをご馳走になった後、Bud Inletを見晴らす、美しいこのウッドデッキ上に張ったテントで夜を過ごした。
シアトル以前に栄えた港。古い町並みが美しい。Rothschild House庭からダウンタウンを見降ろしてスケッチ。
ここは公開されていて、スケッチ終了後に中を見学した。その後、ダウンタウンに下ってレストランに入り、イカフライで遅い昼飯を食った。
Whidbey Islandを北上しているのだが、放牧地の先、海越しのかなたにベイカー山と思われる雪山が覗き見えた。すかさず自転車を停めてスケッチする。
スケッチ終了時には、放牧された牛どもが近くにやってきていた。昼前のスケッチ。
Barrard Inletの奥詰まりで干潟になっている。ここはVancouver発展以前の港で、鉄道の終着点だった。公園があって小さな博物館もある。アヒルとカモメの天国で、鳥の糞には要注意だが実にのどか。
Sep. 11の翌日だが、ここにはそれを感じさせるものは何もない。しかし、帰国便の変更などで難儀を生じたのだが。










































