2003年夏に行った、地中海地方へのサイクリングスケッチ旅からのスケッチです。
南イタリア レッチェにて
行程図
01 FRANCE Monte Richard(モンリシャール、上豊野) フランス Ⅰ-1 5月29日
朝、走り出してすぐ入った町の印象的風情に自転車を停めた。橋のたもと袂でスケッチを始めた。多数のサイクリストが対岸を走り抜ける。本日はキリスト昇天祭、休日だった。
02 Vitoria 郊外 スペイン北部 バスク地方 Ⅰ-2 6月4日
昨夕、夕立に会った。朝、テントの中からスケッチする。そうして、テントが乾くのを待つ。
03 SPAIN スペイン北部の農地 Ⅰ-3 6月6日
遠くに古城、手前に廃農家。おこ耕された赤褐色の畑土の間に咲き誇るケシの赤い花。遠くに菜の花の黄色い畑。
04 Espera村の城 スペイン南西部 Ⅰ-6 6月15日
希望が丘のお城、と言ったところか。刈り取り後の麦畑に馬が放たれている。刈り取り前の麦畑には、トラクターのわだちが見える。黄色はひまわり畑。たがや耕された畑は黒っぽい土の色を見せる。
05 PORTUGAL 草繁る廃屋 ポルトガル Ⅰ-5 6月11日
深く繁る草地の中に残る廃屋の陰に夜を過ごした。壁際でドライフラワー状態になった雑草が美しい。右手に風車が見える。古城があり、白塗りされた壁の建物が美しい、ポルトガルの田舎町が遠望される。地図上ではArroiolosと町名が読めた。
06 SPAIN Espera村の城 スペイン南西部 Ⅰ-6 6月15日
希望が丘のお城、と言ったところか。刈り取り後の麦畑に馬が放たれている。刈り取り前の麦畑には、トラクターのわだちが見える。黄色はひまわり畑。たがや耕された畑は黒っぽい土の色を見せる。
07 Volubilis Morocco Ⅰ-7 6月19日
モロッコには珍しい古代遺跡。ローマ時代のもの。
道端のオリーブ園に登り、樹影でスケッチする。
08 MOROCCO メクネスの青果スーク モロッコ Ⅰ-8 6月15日
メクネスはモロッコの京都と言える古都。旧ユダヤ人街のこの通りは青果のスーク(商店街あるいは市場)になっている。狭い通路に露 店が並び、人通りでにぎわう。すさまじい人数に囲まれてスケッチしていたが、昼過ぎて昼寝の時間になるとどんどん店はたたまれ、人通りは途切れて静かに なってきた。夕方からは前にも増してにぎやかになるのだろう。
09 FEZ フェズ エル バリのメディナ (フェズ旧市街の繁華街) モロッコ Ⅰ-9 6月22日
フェズは奈良に当たる古都。このメディナの中には狭い通路が迷路のように張り巡らされ、無数の商店や工房が建ち並んでいる。その雑然としたにぎわいはモロッコを象徴するものといえる。
ひからび上がった丘の斜面に生えた、いじけたオリーブの木の下に座り込んでスケッチ。昼過ぎ、モスク(回教寺院)からアザーン(祈祷への誘い)が鳴り渡った。トルコで聞き慣れたものと異なり、かなりへたくそだ。
10 イミルシル近くの湖 モロッコ Ⅰ-10 6月25日
オートアトラス山中。悪路を走って標高2千m近い峠を越えてくると、荒涼とした乾燥山地の中に湖が現れた。この湖だろう、悲恋の男 女が身を投じて添い遂げた、という伝説が残る湖は。その故事にちなみ、年に1度、何千何万という人々がこのあたりにつどい集り、大ネルトン状態になるそう だ。
12 カスバ街道 モロッコ内陸部 Ⅰ-12 6月29日 個人所有
サハラ砂漠に近く、ワルサザードとエラチディアを結ぶ道はカスバ街道と呼ばれる。乾き切った熱暑の道をたどって、幾つものカスバ(日干し煉瓦でできた城)を見ることができた。涸れ川にかかった橋の下に日影を求めてのスケッチ。
11 Tinerhir トドラ谷 Ⅰ-11 6月28日
道脇の崖の岩陰にわずかな日影を見出し、スケッチする。あたりは人糞だらけ。
13 Marrakech ダルシサイド近く Ⅰ-13 7月2日
ルンペンのばあさんに、ショバ代のつもりで小銭を渡してスケッチを始めた。ロバ馬車の行き来でせわしない。
14 マラケシュのメディナ1 モロッコ Ⅰ-14 7月3日
この先で建物の改修工事が行われていて、残土や建材を積んでロバの荷車が行き交う。1度、土石を積んだスズキの軽トラが通過したが、交通が滞ってパニック状態になった。狭い通路のメディナの中では、運搬手段はロバ車がせいぜいということだ。
15 TUNISIA 野宿の朝 チュニジア Ⅰ-17 7月11日
おおざっぱに刈り取られた麦畑の中に野宿した。出発前、夜明けからのスケッチ。
16 Daugga遺跡 Ⅰ-18 7月11日午後
遺跡内をぐるっと見学して、劇場舞台跡をスケッチする。茶店に置きっぱなにして預けた自転車が気になって、そこそこに仕上げた。
17 野宿の夕暮れ Ⅰ-19 7月12日
まばらな杉林に入ってキャンプすることにした。夕暮れまでスケッチする。乾ききった荒野に農家がポツリポツリ、はげ山が連なっている。そこにも家畜が放たれている。草の根まで食い尽くしてしまうだろう。
18 マクタリス遺跡 フォーラム(集会所)跡 チュニジア Ⅰ-20 7月13日
チュニジアには、フェニキア、ギリシャそしてローマ時代からの古代遺跡が数多く残っている。ここもそういった遺跡のひとつ。 女子学生数人が近くに寄ってきた。一人がこちらにシャイげに一声かけただけで、作業に戻っていった。ボランティアで草取りでもしている風だった。
19 エルジェムの円形劇場 チュニジア Ⅱ-1 7月15日
町なかをローマ時代の巨大な遺跡が占めている。カフェの脇に座り込んでスケッチする。コーヒーのよい香りが漂う。画面のみやげもの屋のオヤジがしょっちゅうのぞきにきては、「For me?」を連発する。こっちはただ苦笑を浮かべて首を振るのみだった。
20 Cap Bon半島 チュニジア地中海岸 Ⅱ-2 7月19日
朝、走り出すとすぐ眼下に海が広がった。道路の海側に延びる防御壁の陰に座り込んでスケッチする。北アフリカではあまり見かけなかったキャンプ場がある。多くはないがテントが張られていた。
21 Cap Bon半島 その2 Ⅱ-3 7月20日
潅木の林の中に野宿した。朝にスケッチする。裸でいたが、海風が吹くとくしゃみが出る。画面の建物は温泉宿らしい。チュニジアの熱海といった風情だ。ここに食料を買いに行って水ももらい、野宿の連泊となる。夜にはイノシシが出た。
22 チュニス港のある町、La Gouletteの裏通り チュニジア Ⅱ-4 7月21日
シシリー島へ渡る夜行フェリーを待ってのスケッチ。再開発されるのだろう、門の中は取り壊されて更地になっている。元はスーク(市場)だったと思われる。左手は城壁で、城は修築が進められていた。
23 ITALY SICILIA Elice(エリーチェ)遠景 イタリア シシリー島 Ⅱ-5 7月23日
山頂に乗る町、エリーチェ。古城があり、石畳の細道が走る古い街並みが美しい。海と陸とのすばらしい360°の展望を持つ町だった。 ユーカリの木陰に座り込んでスケッチ。麦畑、ブドウ畑、オリーブ畑が広がる。
24 アグリジェントの神殿の谷 シシリー Ⅱ-6 7月24日
博物館の車寄せの木陰で、ジュノーネ神殿を遠景にスケッチする。夕方近くなり、盛装の人々が車から降りてくる。どうも、館内で結婚式があるらしい。
25 Akragas-Agrigentum Temple of concordia Sicily Ⅱ-7 7月25日
アグリジェントの谷、コンコルディア神殿。遺跡公園を後にして幹線を東進しだしたが、古代遺跡が頭上にみえた。自転車を停めてスケッチする。紀元前4百年代のギリシャ遺跡。アテネの遺跡の白色と異なり、ここは地場の石材の色であろう、赤褐色だ。
26 Akragas-Agrigentum Temple of Juno Sicily Ⅱ-8 7月25日
コンコルディア神殿スケッチを終えて、そのまま、ジュノー神殿のスケッチを始めた。飲み食いしながらのスケッチ。昼前に、2点目のこのスケッチも終えた。
27 ブロンズ色の街Lecce(レッチェ) イタリア南部 Ⅱ-10 8月3日
バロック様式の古い建築物で美しい街。たまにツーリストが歩くだけの静かな裏通り。辻角のバーにわずかに男たちがたむろしている。しかし昼も深まって昼寝の時間ともなれば、この人々もいなくなって静まり返ってしまった。日曜日の昼下がり。
冒頭の写真は、このスケッチ現場写真です。
28 ブリンディシ イタリア南部の港町 Ⅱ-11 8月4日
ギリシャへ渡る夜行フェリーを待つ間のスケッチ。イタリアならば赤いフェラーリ、黒いBMWでは仕方が無い。赤いベスパで我慢しておこう。実物は黒ベスパなのだが。
29 GREECE メテオレの聖トリニティ修道院 ギリシャ Ⅱ-12 8月7日
メテオレには奇岩の上に乗っかったり、中腹に引っかかったりの修道院がいくつもある。これはそのうちのひとつ。建造の苦労が思いやられる。 日本人の団体客がきたので、筆を動かしつつ日本語で話を交わした。
30 MACEDONIA プレスパ湖 マケドニア Ⅱ-13 8月10日
オーリッド湖から標高1600mの峠を越えるとプレスパ湖。2つの湖を隔てる山中に夜を明かし、プレスパ湖岸に下って朝一のスケッチ。マケドニア側からアルバニア側を望む。
角張った質素な車でやってきた親子連れが釣りを始めた。こちらを無視している。控えめな国民性を示していると思われた。
31 GREECE 野宿の夜明け 北部ギリシャ山中 Ⅱ-14 8月11日
荒れた麦畑のへりに野宿し、夜明けからテントの中でスケッチを始めた。放牧されるヤギやヒツジによる踏み分け道が縦横無尽に走っていて、人里はなれた、とはいえない。
32 カバラ ギリシャ東部 Ⅱ-15 8月15日
古代からの港町。右手にローマ時代の水道橋も見える。スケッチしている足元は海辺に降りる小道になっていて、たまに避暑客が下る。ドイツ人の男が「トルコで休暇を過ごした帰り。通りかかった、ここ、カバラの美しさに、つい泊まってしまった。」と語っていった。
脇にイチジクが生えている。熟した果実が、俺がスケッチを終えて手を伸ばすのを待っている。
33 地中海のサロス湾を見降ろして Turkey Ⅱ-16 8月17日
峠の林の中の、廃農家の庭にキャンプした。夕方、サロス湾を控えた平地を見降ろしてスケッチする。
始めてトルコに来たときには、この向かいの岡すそから、この平地を逆方向からスケッチしたのだった。
34 Gelibolu Turkey Ⅱ-17 8月18日
前にゲリボルに来たときは石畳の路面に苦労したが、アスファルトをかぶせてスムースな道になっていた。港を見降ろして腹ごしらえしたが、スケッチすることにする。左手の城砦跡は博物館になっている。
終了後、フェリーに乗って、ヨーロッパ側のここからマルマラ海を渡って対岸のアジア側に進んだ。
35 TURKEY バイラミチの市 トルコ Ⅱ-18 8月20日
通りかかった田舎町、バイラミチに市が立っていた。普段は静かなのだろうが、たまの市の立つ日の特別なにぎわいを見せていると思われる。ここで冷かした敷物屋に数日後、別の田舎町の市で会った。この商人たちは大方、行商の旅の空もとに暮らしているのだろう。
36 Assos の港 Turkey Ⅱ-20 8月21日夕方
アソス集落から長い急坂を海に下ると、ホテルレストランやキャンプ場が幾つか並んでいる。今はささやかな漁港でしかないが、かつてはかなり重要な港だったらしい。
左のホテルレストランは元の港湾役所で、使っている椅子テーブルは当時の遺物らしく、いかめしくも味わい深い。ここでは、目前で上がる新鮮なマルマラ海の幸を供している。近くにトルコアイスの屋台があって、焼き立てホカホカワッフルに粘々アイスクリームをはさんで出している。それは、田舎の純トルコアイスとは異なり、西洋風味で誰が食べても実に美味い。魚料理のデザートにもいけるのだった。
37 アソスのアテナ神殿 トルコ Ⅲ-1 8月22日
アソスの丘の上に残るギリシャ遺跡のアテナ神殿。学芸、戦争の神、アテナ神を祭る。エーゲ海をバックにして立つ古代遺跡の石柱は特別なおもむきがある。
38 ホテル 「ケルバンサライ」Assos Ⅲ-1 8月22日 朝
早朝、キャンプ場から浜に下って、スケッチする。水を持ってくるのを忘れたので、海水を汲んでの海水彩画描きになった。左手の島影はギリシャ領レスボス島のもので、点けたラジオから、この島からの放送でギリシャ語が聞こえている。
座り込んだ尻にいくつもの草の実が刺さって痛い。マキビシ状にとがったこの草の実に泣かされたことは数知れない。タイヤパンクの最大の原因なのだ。
前回来たときには、画中の野外レストランで魚料理を食べたことがあった。このホテルの立派な建物もかつての港湾役所関係建築物なのだろう。
39 Assos のアゴラ遺跡 Ⅲ-3 8月22日午後
アテナ神殿スケッチの後、古代遺跡の中を見学しながら下って浜を目指した。アゴラ遺跡の中のストア跡をスケッチすることにする。古代の石積みに囲まれて強い海風から逃れることができた。
空気が澄んでいて、エーゲ海に浮かぶレスボス島がくっきり見える。
40 Kilitbahir の要塞 Ⅲ-4 8月25日
フェリーに乗って、アジア側からヨーロッパ側へとダーダネル海峡を渡った。そこ、キリトバヒールには海峡を守る要塞がある。そこでスケッチをした。
海風がきつくて肌寒い。風に飛ばされたハンカチが塹壕の地下に落ちそうになった。あわてて押さえに立った。ここが海峡の最も狭いところで、行きかう船のエンジン音が響く。対岸のチャナッカレからモスクのアザーンが流れてきた。
のどか、と思っていたら、横の広場で兵士達の演習が始まった。物々しい。やはりここは軍事要所なのだ。
41 廃屋窓外 Ⅲ-5 8月26日 個人所有
ヒマワリ畑の中に残った廃屋の中に夜を明かした。朝、出発前に廃屋の中から窓外をスケッチする。ダーダネルス水道の向こうにアナトリアの陸地が望める。
42 Uchmakdere ウチュマクデレの洗濯おばさん Ⅲ-6 8月27日午前
この村を訪ねるのは三度目になる。この村の魅力はギリシャ様式のひなびた民家だ。トルコとギリシャの対立対話のすえ、ここから住んでいたギリシャ人が立ち去った名残だ。しかし、交通の便は悪く、観光客はほとんどいない。海辺にささやかなキャンプ場はあるが。
ここはトルコには珍しく水が豊かだ。山肌の豊かに茂った緑を描写するのに苦労する。海まで迫った山地の谷間にあるせいだろう。画面中央にも水場があって、おばさんが洗濯をしている。
スケッチする私にじっ様が声をかけてきた。7年前か8年前にここでスケッチをしていた私を覚えていたのだった。
43 Gajikoy ガジキョイの畑 Ⅲ-7 8月27日午後
スケッチの後、ウチュマクデレでは食料調達ができなかったので、海辺の砂利道を走ってガジキョイに来た。買い物帰りにスケッチする。
木陰でスケッチする私の脇にはおとなしい黒犬がはべっている。近所に住む親父さんが小ぶりなスイカをくれた。これはキャンプ場での夕食のデザートとなった。
民家の壁に干されているのはタバコの葉。逆光で光る、枯れ上がったトウモロコシとできの悪いタバコの描写に苦労する。
スケッチ後、また海辺の道をたどって帰ったのだが、画面中央あたりだろうか、土石が崩れ落ち続ける地点があり、いささかスリルがある。そこは始めて来たときから変わっておらず、今回ウチュマクデレに入った昨日には、あやうく落石の埃をかぶっただけで済んだのだった。
44 Uchmakdere ウチュマクデレ村を振り返り Ⅲ-8 8月28日
海辺のキャンプ場を出て、画面左の道を登って村を抜け、東に向かった。このカーブを回るともう村を見ることはできない、自転車を停めて村を写生することにした。潅木やブドウ畑、タバコ畑が織り成す山肌の描写に手間取り、終わるのは昼を回った。
このあと、東に土道を走る。数年前走ったときと変わらず、上り下りの厳しい悪路だった。そして、この旅の終着、イスタンブールへの最終行程となった。
45 エジプシャンバザール Istanbulイスタンブール Ⅲ-9 8月31日
日曜日。ここ、エジプシャンバザールは庶民の市場で大賑わい。Yeniモスクのテラス外壁脇に座り込んでスケッチした。
方位を読み間違えて座る場所を選んでしまった。西日が当たってきてつらい。場所を移してスケッチを続けた。
46 ガラタ塔 ISTANBUL イスタンブール トルコ Ⅲ-10 9月1日
フェリーの発着が忙しいエミノニュ。金角湾越しの新市街をスケッチする。特徴あるガラタ塔ははずせない。 イスタンブールへの滞在は今回で6回目となる。旅の終結点として申し分ない都市だ。
47 城壁Ⅰ Istanbulイスタンブール Ⅲ-11 9月2日午前
旧市街を囲む城壁。マルマラ海に面して立っている部分の内側。城壁はどんどん修復されていて、ここは真新しい石材が目立つ。そして、真新しいカフェも。
48 城壁Ⅱ Istanbulイスタンブール Ⅲ-12 9月2日午後
行きつけの食堂で昼を済まして、城壁の外、海側に下ってきた。緑濃い公園から城壁をスケッチする。ここは古びた城壁と古びた民家が残っている。公園一角ではボーリング作業がなされているが、ボーリング櫓や作業機器の類は省略した。
作業員がスケッチの見物に来て、「マキナ(トルコ語で機械を意味する)、マキナ、、、、。」とせっつく。現場にはそぐわぬ若い女性が3人いた。学生か学芸員か?このボーリングは遺跡調査の下調べ作業かもしれない。
49 Ishakpasa Cad. イシャクパシャ通り Istanbul イスタンブールⅢ-13 9月3日朝
宿で自炊朝食を摂って、スケッチに出た。昨日朝に下見しておいたここをスケッチする。 この道を登っていくと右手にトプカプ宮殿入り口がある。
終了後には宿に戻ってお茶をした。
50 水曜市 Sultanahmet スルタンアフメット地区 Istanbulイスタンブール Ⅲ-10 9月1日午後
水曜日は宿周りの通りに市が立つ日だ。過去二回と同じポジションで同じ構図のスケッチをする。数年前に比べて店数が減り、店子の掛け声にも力が無く感じられる。
スケッッチ終盤、見覚えのある二,三の親父達があらわれて、スケッチを覗き込んだ後で店番に就いた。昼休みをしていたのだろうか?右手の乾物を扱う、青シャツ長あごヒゲの親父は、7年前そして8年前と変わらぬ姿を見せてくれている。
スケッチが終わってウリを買おうとしたが、代金を受け取らない。ありがたく頂いた。このウリ、見かけは大雑把だが美味い!野菜果物の美味さはトルコが随一との印象は、地中海地方数カ国を巡ってきたこの旅の終わりでも変わらない。
翌日、空港から飛び立ち、帰国の途についた。


























