イントロダクション
2011年1月から3月にかけての自転車旅からのスケッチ、全点23作品を展示しました。すべて透明水彩絵の具を用い、現場で完成させた現場スケッチです。
アルゼンチンブエノスアイレスに入り、2泊3日のバス車中移動でフエゴ島、ウシュアイアへ南下。そこから自転車で北上しての、サンチャゴ周辺までの旅で した。南米南端部のパタゴニアは強風で高名であり、夏であっても寒くて雨も多く、また一方、アンデス山脈を東に越したアルゼンチン側は乾燥荒野で、それな りに厳しい自転車旅でした。
その旅の産物のスケッチをお楽しみください。 サイズはすべてF4です。
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フエゴ島。アルゼンチン国道最南端標示看板前にて。2011年1月
01 7月9日大通り 1月10日
アルゼンチンの首都、ブエノスアイレス。世界一広いといわれる大通り。その中に幾筋も走る分離帯緑地のひとつに立つ樹の下でスケッチ。ミドリの樹皮と太鼓腹のような幹元を見せるのは、ボラチョ(酔っ払い)の木と言われるやつだろうか?
02 サン マルティン広場 1月14日
ブエノスアイレス、レティーロ地区。公園の中から、ブエノスアイレス一のファッション街、フロリダ通りの入り口を眺めてスケッチ。木々はハカランダで花期には紫の花を美しく、にぎやかに着ける。
03 ウシュアイア 1月20日
アメリカ南端の島フエゴ島の街、ウシュアイア。宿「上野山荘」から外に出てスケッチを始めたのだが、時雨れてきて宿に戻る。居間から窓外を眺めて、それなりになるように仕上げた。
04 マゼラン海峡 1月25日
フエゴ島の東海岸。草原にキャンプし、スケッチする。雲、雨脚、陽光がめまぐるしく移り変わり、捕らえ辛い。寒く、草地のディテールを描き込みたいところだったが、あきらめて端折ってしまった。
05 Porvenirのジェティー 1月26日
フエゴ島東端の街、ポルベニール。チリ本土に渡るフェリー乗り場が遠く、対岸に見える。その遠方に本土の山々が青薄く延びている。明日朝までフェリー待ちでのんびりなのだが、雨がパラついてきてあわただしくスケッチを終わらせた。
06 プエルト ナタレス 1月30日
チリ。フィヨルドに面した港町。電柱の影で、突風と時雨におびえながらのスケッチ。しかし、意外と穏やかになった。海面の白波も少なくなったのだが、多めに描き込む。 海辺のプロムナード上に案内表示板があって、見える山々の山名が表示されているのだが、雲間に見え隠れではっきりしないこれらの山々の名前をここに記録することは無い。この先、右奥手へとパイネ国立公園が続く。
07 トーレス デル パイネ 1月31日
この山群に向かう土道からそれて湖岸にキャンプ地を探した。テントを張る前に、かつての氷河が残した湖越しの山群をスケッチする。
尖塔のような3本の岩峰が、パイネ国立公園のシンボルというべきトーレス デル パイネ(パイネの塔、パイネとは原住民語で青を意味する。)。左手に見え るのは氷河の平面かと思ったが、雲がテーブル状に流れていたらしい。
最近のNHK BS番組でこの山群トレッキングの映像が流れていたが、登ったのは手前に見える大きな山だったのだろうか?
08 リコ水道 2月3日
アルゼンチン。ロス グラシアレス国立公園内。リコ水道越しに見える氷河を抱く山々をスケッチ。右手の雪山の氷河は高名なペリト モレノ氷河の上部なのだろう。
09 ペリト モレノ氷河 2月4日
パタゴニアの氷河は活発で、氷の流れが速い。展望台から間近に、氷河末端の崩れ行く氷壁を見物した。その帰りに自転車を停め、道端でスケッチ。
崩れ落ちる氷塊が水面を打つ轟音がここまで響いてくる。水面に浮かぶ白い物体は観光のボートかと思っていたが、氷塊だった。
朝、雨の中を走り出したのだが、早々に雨は上がり、スケッチをも物にすることができて幸運な一日となった。
10 フィッツロイ山 2月7日
墓標のような厳しい山容を見せる岩峰、フィッツロイ山。恐ろしく厳しい西風に抗ってそちらに回り道する気は失せ、遠景をスケッチす ることで満足する。道の則面あたりに座を占めスケッチする。極力風の弱い地点を選ぶが、川筋から吹き上げる風は恐ろしく強い。風に抗い、体温低下に耐 えての労作。
11 R40(ルータ クワレンタ) 2月8日
アンデスの山並みから東に離れると、乾燥した荒野へと極端に変化する。アルゼンチンの国道40号はこの荒野を南北に走る。
夕方、キャンプのテント近くから、下って又上るR40をスケッチする。走る車が猛烈な土埃を立てている。翌朝これを辿ったのだが、大石ゴロゴロで砂も深い極悪路だった。
12 ブエノスアイレス湖 2月10日
明日のチリへの国境越えを控えて今日はのんびりペース。日陰に自転車を停めてスケッチする。
ここまで北上してくると陽中はひどく暑い。今日は珍しくパタゴニア名物の強風が無く、湖面が鏡のよう。チリ側に入ると湖の名前は、ヘネラル カレラに変わる。
13 乾燥原野 2月10日
アルゼンチンを離れてチリ側を北上すれば乾燥原野を走ることはもう無いだろう。ひどく早い時間からキャンプに入り、最後の乾燥原野 をスケッチする。
湖べり縁のこのあたりは、今まで走ってきたR40沿いのいかにも乾ききって荒涼とした光景とは幾らか異なり、緑が少々多い。緑を省略して 荒涼さを強調することにする。
細い溝に引かれる水で洗ったばかりの濡れシャツを着てスケッチしたのだが、終わるころには完全に乾いていた。
14 マニフアレス 2月16日
チリ、アイセン地方の寒村、マニフアレス。ここに自転車乗りに無償で宿を提供する 家がある。その始まりは、日本人自転車旅行者を泊まらせてやったことから始まったという。その日本人はタカと名乗ったという。タカと名乗る私への宿主 の対応はとても暖かいものだった。強い雨の中、一日走って雨中キャンプを過ごした後にここへ入り、宿主が焚きつけてくれたストーブですべての資材を乾かす ことができた。感謝は尽きない。
宿前に広がり、村の中心を成す公園。ベンチテーブルに着いてスケッチを始めた。同宿のスイス人自転車旅行者もやってきて読書を始めた。彼と同行している スペイン人自転車旅行者は室内で自転車整備中らしい。彼等も私同様に、行き逢った自転車旅行者からの口コミ情報で泊まることになったのだろう。
15 Puyuhuapi近く 2月18日
アイセン地方。穏やかだが海水。フィヨルド。道路工事で3時間以上の通行止めに会った。しかたがないからその場でスケッチする。時間待ちの工夫らしい男たちが絵を褒めてくれる。
16 川べりのキャンプにて 2月19日
アイセン地方。川縁にキャンプして画材を開いた。アブが多くて、刺されまいと戦いながらのスケッチ。
この流れに足を入れて洗濯したのだが、雪山から流れ出る川水は相当冷たい。
17 チャイテン郊外の浜 2月21日
チャイテンからのフェリーでチロエ島を目指す。フェリー待ちで海辺にキャンプした。 こぬか粉糠雨を避けて、テントの中からスケッチ する。雲が低く垂れ込め、近くにあるはずの雪山は見えない。蚊よけのためにテント前に流木をいぶす。対岸のチロエ島のラジオ局からの放送を聞きながら時間 をかける。小川が海に流れ込むあたりに、黒首白鳥の群れが漂っている。餌をあさ漁るに都合が良いのだろうか?
18 Cucao 2月24日
チリ。チロエ島西岸の小村。太平洋の荒波が砂浜に打ち寄せる。南風が冷ややか。あじさい紫陽花が紫の、タンポポが黄色の花を着けて いる。左手は家畜小屋で、馬糞の臭いが潮の香りを覆い隠す。
パトカーが下っていったのだが、砂浜でスタックした車をレスキューしに行ったらしい。浜中に見 えてた車が消えて、パトカーが戻ってきた。
19 Igulesia Vilupulli 2月25日
チロエ島内に点在する教会群は世界遺産に登録されている。独特の様式を持つこれらの木造教会を訪ね歩くのが、この島の最大の魅力だろう。ペンキで彩色された教会が多いが、ここはひなびた木の地色をまとっている。
遠くに見える雪山は、チリ本土、チャイテン南方にあるコルコバード山だろうか?
20 San Juan 2月27日
前日ここを目指して対岸まで来たが入り江に阻まれ、極悪急坂地道を引き返し、何十kmも迂回してたどり着いたのは午後遅く、天気も悪くてスケッチをあきらめた。先に進んだのだが、翌朝、思い返して数十kmの極悪急坂地道を引き返してきてスケッチする。
背後の民家から親父が出てきて、トマトとハムのサンドイッチを差し入れてくれた。これだけでも引き返してきた甲斐があったというものだろう。 教会の右手前に木造造船所が広がっている。チロエ島ではかつての交通手段は船のみであったろう。したがって、豊かな森林とあいまって造船業が発達した。今もたくさんの木造造船所がみられる。この木造技術を応用して教会が建てられたのだそうだ。
入り江の満干潮差は大きく、海面の様相は時間と伴に一変する。この絵づら面はほぼ満潮。
なかなか言うことを聞かぬ一頭の羊を追って爺様が急坂を登ってきた。
21 オソルノ山 3月1日
チリ富士と呼ばれるオソルノ山。プエルト モン近くの高速道路路肩にて。田舎では高速道路でも自転車は問題ない。
22 Lago Llanquihue 3月3日
湖岸の町、プエルト オクタイから、道は湖岸を離れて丘に上がった。湖越しのチリ富士、オソルノ山をスケッチする。
横手の民家を目指してきたのか、辺りの風景にそぐわぬ若者たちがやってきた。私に手渡したパンフレットには日本語の部分もあった。案の定、何か宗教じみたことが書いてあるようだった。
スケッチを終え、枝道から表通りに戻る私を追って見送ってくれたのは、近所の人懐っこい飼い犬だった。
23 アンデス、峠近く 3月16日
チリの首都、サンチャゴから、アルゼンチンへアンデス山脈を越える峠への往復小旅行に出かけた。峠から下ってきてキャンプした地点で朝にスケッチする。
この後、峠に向かうオーストラリア女性自転車旅行者に会った。4,000m近い峠に登って同じ道を引き返す私を変人扱いするのだった。しかしこの行程はそれほど厳しい登りではなく、風向きのほうがより影響を与えるのだった。






















