2005年の6月末より8月末までの2ヶ月間の、インド北西部での自転車旅からの作品を展示します。
夜中でも気温40℃を超えるデリーからスタートし、標高4千mを越す峠をいくつも超えてヒマラヤ山脈をぬけ、ラダック地方を目指した旅でした。ラダックの 中心町のレーを拠点にして西へ北へとあしをのばし、スケッチを重ねました。同じ道を往復したのですが、標高5千mを超える峠を4回越すことになりました。 何箇所も路面に川が流れ、道路補修区間を含めておおむね路面は悪く、時には新雪なだれにおびえながら、走行距離は短かったものの人車共にハードな旅でし た。アルミのリムは目に見えて削れ、帰路の最後の4千m峠を下って、デリーを待たずに破損してしまいました。
そんな路上からの山岳スケッチ、チベット仏教寺院を巡ってのスケッチ、ラダック地方の町並みや近郊の風物を展示します。 展示する作品はいずれも、水彩絵の具を用いて、現場で紙上に気負いなく正直に光景を写し取ったそのものです。サイズはすべてF4です。
スケッチ展にてお買い上げいただき、個人所有となった作品は載せてありません。
01 Gramphu 6月28日朝 Ⅰ-1
マナーリーから北へ、Rohtang La 3975m を越した。Spiti谷に入る道との分岐点に下ってくると一軒の飯屋があった。その前にテントを張らせてもらった。翌朝、スピッティ谷方向をスケッチした。連なる高山は7千m近い高さがある。
ラダック地方へ続く道は大変な悪路だが、交通量はかなりあって、なかなか騒音がにぎやか。同宿の馬キャラバンはテントを片付け、先に出発した。
02 Keylong 宿から 往路 6月28日夕 Ⅰ-2
ケーロンにある宿に夕方早くに入った。自室の前でスケッチする。徐々に西日が当たってきたので、日陰に移動しつつのスケッチ。谷向かい、左端の建物はラマゴンパ、チベット寺院。
03 カルダンゴンパ Keylong 6月29日 Ⅰ-3
ケーロンの宿の夜が明けて、部屋のドア越しに外をスケッチする。深い谷の対岸正面にあるのはカルダンゴンパ。見えないが、谷には橋が渡してあるのだろう。(帰路にはここを渡ってゴンパに行った。ちょうどお祭りで振る舞いカレーがあったり、大変なにぎわいを見せていたのだった。)
04 ツァラブ川 7月1日 Ⅰ-4
河岸段丘上に野宿した。早朝に、川上に向かってスケッチした。川に迫る崖にさえぎられて太陽はいつまでも昇らない。目いっぱい着込んでいるが鼻水が垂れる。寒さで腕がこわばり、後で筋肉痛がきた。
道はここからつづら折れの登りとなり、標高5060mのラチュラング峠へと向かう。
05 パング 7月2日 1-5
マナーリーとレーをつなぐルートの中継点。6月から10月までの雪が無く、通行可能な時期にできるテント村。簡易食堂のテントが並ぶ。目前のテントは簡易ベッドが複数入った宿泊用。夕方、自分の小テントの中から外をのぞいてスケッチする。
06 ルムツェ村 7月3日 Ⅰ-6
標高5260mのタクラング峠を下ってくると、この村に至る。麦畑のへりにキャンプした。朝、テントを片付けてスケッチする。水を引いて作られる、畑の麦の緑が美しい。
取り巻いていた人たちが私の注意を呼び起こした。麦畑に引かれた水があふれてきている。少し場所を移して仕上げに入る。村人はチベット人で、同じ顔立ちを持つ日本人の私に親近感を抱くように思われる。畑から道に上がるのに、子供達が大騒ぎして自転車を押してくれた。
07 Hemis Gonpa 参道 7月4日朝 Ⅰ-7
この奥に、この地方最大のチベット僧院、ヘミスゴンパがある。その境内にはキャンプ場があった。そこで夜を過ごし、朝に下ってきてスケッチをした。
巨大な土塁が何列にも築かれている。この表面には、平たい褐色の砂岩が一面に敷き詰められている。その一枚一枚にチベット文字で経文が刻まれている。
ピンクの花は野ばらで、その香りは少々スパイシーでマサラを連想させた。
08 スタクナ ゴンパ(チベット仏教寺院) 7月4日昼 Ⅰ-8
細い用水路のほとり、柳の下でスケッチする。手前にスタクナゴンパ、インダス川を隔てて遠くにティクセゴンパが見える。背景にラダック山脈が延びる。
09 ティクセ ゴンパ 7月5日 Ⅰ-9
雨が降る。ゴンパ内の軒下でスケッチする。お勤めで鳴らされる鐘、ラッパがにぎやか。いっとき、お勤めが終わって出てきた小坊主たちに取り巻かれた。
若い僧侶がお茶を入れてくれた。あったかく甘いミルクティーが冷えた体に沁みる。
12 Khaldong La 5602mを下って 7月9日 1-12
新雪の除雪作業のさなか、雪崩におびえながら峠の北面を下ってきた。車で通れる世界で最も標高の高い峠と歌い上げられたカルドンラだ。前方に村を見て、道端でスケッチした。岩陰から鳴き声がする。見せた姿はウサギで、ナキウサギの声だった。
雨が降ってきて、スケッチをやめた。集落に下ると、そこは軍の駐屯地で、用意しておいた通行許可証を提出してなお下り続けた。
標高5602mのカルドンラを越えてヌブラ谷を目指す。ヌブラ川の支流、シャヨク川を見下ろして上流方向をスケッチする。
14 Diskyid Gonpa 7月10日午後 Ⅰ-14
宿庭テント泊を決めてテント設置後、とりあえずディスキットゴンパへ登った。日曜日で中の見学はできなかったが、静まり返った境内でスケッチをした。
15 ヌブラ川 7月11日 Ⅰ-16
ディスキドゴンパ下。チョルテンの台座上にわずかに差した日陰に腰掛けてスケッチ。経文が刻み込まれた平石で覆われたマニ塚が延びている。 同じ位置で向きを変えて2点目のスケッチをする。西、下流方向を見ている。パキスタン側まで流れて、インダス川に合流するのだろう。
16 ディスキット ゴンパ遠景 7月11日 Ⅰ-17
ディスキット町下はずれからスケッチする。右手山腹にディスキットゴンパ、中央の山上にゴンパの学校が見える。
えんじ色の僧衣をまとった青年と少年達、少年達は平服を着ているほうが多かったが、に取り巻かれている。彼等が教科書やノートを取り出した。ある者はお経を読み上げ、青年僧が訂正を入れる。ある者は私の似顔絵を描いている。一人がケータイを持ち出して操作し始めた。良く見るとそれは携帯電話に似せた計算機だった。
ひと山脈を隔てたここの言葉はラダック地方とは異なる。その響きは中国語を感じさせる。
18 Khaldong 村 7月13日 Ⅰ-19
ディスキッドからレーへと来た道を再び辿った。往路で泊まったカルドン村の民泊にまた泊まった。美しく整えられた仏間権応接間から窓外をスケッチした。
山に雲がかかって難儀だと思っていたら、大変なスコールになってしまい、スケッチどころではなくなってしまった。
大雨漏りの宿泊間にテントを張ろうとしたが、家主はこの立派な仏間に寝床を移してくれたのだった。
宿の裏斜面を少し登ってスケッチ。手前の廃屋に人影は見えないが、家畜小屋ぐらいに利用されているかもしれない。右手の祠には仏像かチョルテンかが祭られているようだが、逆光になって判別しない。
20 New Moon Gest Hous 7月15日午後 Ⅱ-1
レーではこの宿に泊まっていた。オーナーのアンチョク氏の期待にこたえてゲストハウスを庭隅からスケッチした。庭には野菜や花が植えられていて、女将さんが手入れしている。私の部屋は、画面が切れているが、右端一階だ。
スケッチ中に2回もバター茶の差し入れがあった。おいしいが少々塩分濃い過ぎだ。
この原画を手渡すにはしのびず、帰国後にこのスケッチのカラーコピーをここに送ったのだった。
レーから西へおよそ160km、恐ろしく庶民的なゲストハウスに泊まった。窓外に立つゴンパをスケッチする。風が強く、時折雨粒も降る。外のトイレの匂いが気になる、と思ったがそれはベッドの布団の匂いだった。
宿の娘と少年が室内にやってきて見物している。ミルクコーヒーとお菓子を差し入れてくれた。一般的なミルクティーでなくコーヒーだった。精一杯のもてなしだったのかもしれない。
帰路に再びラマユル村に寄る。古びた土造りの大きな建物が目に付いた。おそらく昔からの集合住宅なのだろう。右下の一角に老婆の姿が見えた。小豆色の、厚手のフェルトでできるチベット衣装をまとっていた。
27 宿裏山遠景 7月20日昼 Ⅱ-8
朝のスケッチの後は宿で小休止した後、上手に歩いてきた。学校があって、そこから朝のスケッチと同じ方向をスケッチする。真昼のスケッチで、陰の方向が入れ替わって、陰影の付け方に苦労する。
山の上から順に、砦、ツェモラカン、そしてレー王宮と並んでいる。ジグザグに斜面を登る階段歩道は絶好のトレーニング場所であったが、ある日少しプッシュして余分に走ったら、何日間かの微熱に苦しんだのだった。なにぶん、4千m近い高度があるのだから。
宿裏を登って北方をスケッチする。六千mを越す山々が連なるラダック山脈が伸びている。高山の雪解けは進み、レー滞在の日々の間に目に見えて白い部分が減っていくのだった。
ひなびた、あるいは崩れかかった建物が込み合うレー旧市街に回った。風が強い。パレットが土まむれになる。なにぶん主建材は日干し煉瓦なのだから。
レー北はずれ。ゴンパを頂いてできた古くからの密集住宅群なのだろう。崩れかけたチョルテンが成す日陰でスケッチを始めた。昼になって陰が無くなり、暑い。陰が入れ替わり、陰影の描写に悩まされる。
午後にレーの下町、庶民の市場に回った。人だかりがひどくてまともに視界が開けない。しかも座り込んだ後ろの、閉まっていた売店が店開きを始めた。それは時計の修理屋だった。あきらめてスケッチブックを閉じた。後日、写真画像を参考にして加筆し、仕上げた。
前々作と同位置で南を向いてスケッチする。前日の教訓を生かし、宿を早めに出て午前中に終わらす。
レーからの帰路で最初の峠は標高5260mのタクラング峠。早朝にふもとの野宿地から登り始めて3合目あたりか、自転車を停めて道端のがけに腰掛けてのスケッチ。
35 Pang Lookout 8月2日 Ⅱ-17
往路で印象深く感じて、スケッチポイントともくろんでいた。キャンプ場はすぐこの先で宿泊地の心配は無い。スケッチしたが、絵にするとどういうことも無い。往路の朝景色と、この、夕方の陽の違いによるのだろう。
ここはかつての氷河の河床なのだろう、氷河の置き土産らしき土石の小山が散在する。そんな小山の一つの陰に風を避けてスケッチする。夕暮れが迫り、陰の部分のディテールがどんどん見えなくなってくる。
池のへりにぽつんと一つだけ張られた休憩テントのとなりに野宿させてもらった。往路で印象に残った地点だった。



















33 レー王宮 7月23日 午後 Ⅱ-14



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