1985年の夏に2ヶ月ほどのスケッチ旅をヨーロッパに行いました。1979年の夏秋に、カリフォルニアのバークレーに滞在したことを除けば初めての海外旅行でした。イギリスのロンドンから入って、スコットランドにある研究所に勤めておられた学生時代の恩師を訪ね、オランダに渡ってスペインに南下し、フランスに北上してパリで終わりという旅でした。
この旅で会った自転車旅行者に感化されてのことでもあったでしょう、1988年には自転車旅スケッチをヨーロッパを巡って行うことになります。この年にはまだ自転車には乗っておらず、鉄道とバスを使っての安宿渡り旅でした。
自転車旅とは異なって一箇所にとどまって多数のスケッチを残すことが多く、ヨーロッパの夏の日の長さと自身の若さもあって一日に数点のスケッチに励むこともありました。それらのスケッチをご覧ください。この旅では日記のような記録はほとんどしておらず、おぼろげな記憶を思い起こしてコメントを書いてあります。間違いが多いことと思いますが、ご了承ください。
01 ウェストミンスター宮殿 London England Ⅰ-1 1985年5月21日30日 230x310mm Arches Grain Torchon
ビッグベンが立っていることで有名な宮殿、今は英国国会議事堂。
空港からまっすぐ向かったロンドン市内に立ったとき、日本に無い匂いに打たれてわくわくした。外国の旅が始ったと実感したのだろう。ロンドンでは美術館や博物館見学のほかに、アッシュフォードシンプソンのコンサートを見にハンマースミスオデオンに行った事を思い出す。会場前で怪しげな人物から券を買って入ったが、席はガラガラだった。
このスケッチに手をつけた日の夜行列車でエディンバラに向かったのだろう。翌日の日付でエディンバラスケッチがある。そしてスコットランド在住の恩師を訪ねた後、ロンドンに戻ったようだ。それから描きかけのスケッチを完成させたとみえる。
ここからの18点の紙はロンドンで買ったもので、アルシュ紙ラフ185g/㎡ になる。売っているところを探すのに苦労して買ったものだ。これに懲りて、この後は日本でスケッチブックを用意して出国することになった。しかし、日本で調達することになる紙質品位の問題があって、それが良かったとはいえない。
02 Edinburgh Scotland Ⅰ-2 5月22日 230x310
スコットランドの首都、エディンバラ。ここではユースホステルに泊まった。その近くのスケッチなのだろう。ユースホステルでは小学生の団体と同宿だった。少年達に絵が上手いとほめてもらった記憶がある。
03 Edinburgh Castle Scotland Ⅰ-3 5月22日 310x230
エディンバラ城。この日2点目のスケッチ。重々しい空がスコットランドっぽい。
04 Edinburgh Castle その2 Scotland Ⅰ-4 5月23日 230x310
エディンバラからはさらに北に向かい、恩師が在住していたAberdeenに向かった。
05 スコットランド北部 Scotland Ⅰ-5 5月26日 230x310
アバディーン在住の恩師は、2人の御子息と御夫人と共に家族で住んでおられた。日本から訪ねた小生をもてなすおつもりでもあったのだろう、北部スコットランドの自動車家族旅行に小生を同行させてくださった。その車は押し掛けして息を吹き返した車だった。フォードのアスコナかコルチナのステーションワゴンだったと思う。
そのとき立ち寄った、いかにもさびれた田舎町でのスケッチだろう。
06 Dunnottar Castle Scotland Ⅰ-6 5月28日 230x310
Stone Heavenはアバディーンの南隣町で、その海岸の孤立した岩の上にダノター城が廃墟のような姿をさらしている。アバディーンに向かう車中からこの城の光景を垣間見て強い印象を受け、この城をスケッチできればと、バスに乗って足を伸ばしたように思う。その城内部でのスケッチ。
この城はスコットランドの歴史上、そしてスコットランド人のアイデンティティー上において重要な意味合いを持つようだ。それとは別に、ずっと後にテレビでマークレスター少年が主演する映画を見たのだが、この城でロケされたシーンが豊富に見られたように思う。
1988年の自転車旅でもここを訪ねて何点かのスケッチを残している。そちらも参考に見ていただきたい。
07 Aberdeen その1 Scotland Ⅰ-7 5月29日 310x230
この日は、お邪魔していた恩師の住宅の近所で一日中スケッチをして4点か5点を描いたようだ。その一作目。
08 Aberdeen その2 Scotland Ⅰ-8 5月29日 230x310
この日、2点目のスケッチ。遠くに垣間見える建物群が、恩師が勤めていた畜産関係の研究所だと思われる。黄色いのは菜の花が咲く畑なのだが、油を取るためなのか、家畜の飼料にするのか、いまだに知らない。ヨーロッパ各地で馴染んだ黄色い畑なのだが。
09 Aberdeen その4 Scotland Ⅰ-9 5月29日 230x310
この日、4点目のスケッチらしい。
10 Aberdeen その5 Scotland Ⅰ-10 5月29日 310x230
緯度の高いスコットランドの夏の日は長い。この日5点目と思われるこのスケッチは相当遅い時間に描かれたものだろう。これは、恩師のご家族が居住する家をスケッチしたものだと思う。夜10時を過ぎても夕方時でしかない戸外で、恩師の2人の御子息達とサッカー遊びをしたことを思い出すが、この道の上でしていたのだろう。
この後、アバディーンからロンドンに帰り、海を渡ってオランダのアムステルダムに寄ったと思う。そのあたりでの良い記憶は無く、スケッチもしていない。
11 Barcelona Spain Ⅰ-11 6月5日 230x310
スペイン カタルーニア地方の大都市バルセロナ。そこにある公園の一光景だろう。
アムステルダムから長距離国際バスに乗ってバルセロナに直行したと記憶している。ここにも良い記憶が無いが、ガウディの教会は見ている。オリンピック準備で工事中だらけの岡の公園に歩いて上がった記憶はある。
12 Almenia 城内 Spain Ⅰ-12 6月6日 230x310
スペイン南部アンダルシア地方の地中海に面した町、アルメリア。町には中世の城が目立ってあって、その中でのスケッチ。
13 Almenia 浜 Spain Ⅰ-13 6月7日 310x230
スペインの地中海岸線を恐ろしくひなびたバスにガタゴト揺られて、海辺に出かけた記憶がある。バレンシア近郊だったかもしれないし、この時だったかもしれない。砂浜では恐ろしく厳しい日差しに驚いたのを覚えている。
このスケッチは珍しく鉛筆で下書きして彩色してある。車とモペット(ペダル付き単車)のディテールまで描き込みたかったのだろう。
14 Almenia 城遠景 Spain Ⅰ-14 6月7日 310x230
この日、2点目のスケッチ。前日に中でスケッチした城を遠目にスケッチしたもの。
15 Almenia 宿の屋上 Spain Ⅰ-15 6月7日 230x310
アルメニアで泊まっていた宿の屋上スケッチ。アンダルシアの光と影の対比の強さを描きたかったのだろう。この日3点目で夕方になっていたであろうが。
洗濯物干し場には絵のモチーフとして魅力がある。光と影、動き、色彩、人間の生活感などを表示するからと思われる。後年のスケッチでも、世界各国のあちこちで登場する。
16 Granada ギター工房 Spain Ⅰ-16 6月9日 230x310
グラナダでの最初のスケッチで、アルハンブラ宮殿そばに取った宿の窓から見降ろしてのものだ。右下の店は楽器屋だろう。書き込まれた文字を読むに、ギター製造をしていると思われる。フラメンコの本場、グラナダにそぐわしい店だ。宿で申し込んだフラメンコ鑑賞ツアーを思い出す。穴倉のようなタブラオで見聞きしたフラメンコショーには強い感銘を覚えた。
泊まった宿は居心地の良いものだった。ツーリストのほかに、地元の大学生達が寄宿しているようで、彼らとともに宿食卓に着いてパエリアを食べたこともあった。働いていた若い娘さんはべっぴんさんだった。ここに数泊して、アルハンブラ宮殿を主にしてスケッチに励むことになった。
17 Granada 宿近く Spain Ⅰ-17 6月9日 230x310
この日2点目のスケッチ。宿から外に出て近所でスケッチしたもの。
18 Sierra Nevada Spain Ⅰ-18 6月9日 230x310
この日3点目のスケッチ。アルハンブラ宮殿の一角越しの雪山スケッチ。夏でも残雪を多く残すシェラネバダ山脈だ。当時、スキーアルペン選手でスペインのオチョア兄妹が活躍していたように思う。そんなことを思い起こしながらスケッチしていたのだろう。南部スペインの夏の暑さを思うにつけ、雪山が間近に見えるのは不思議な感じがする
19 Albaicin Glanada Spain Ⅱ-1 6月10日 230x330
アルバイシン地区はグラナダの旧市街で、アルハンブラの谷向かいの岡に広がっている。狭い路地に昔ながらの建物が建ち込んであり、魅力に満ちた区画だ。そんな路地に入り込んでのスケッチ。
ここからの紙はグラナダで買った2冊のスペイン製らしきスケッチブックで40枚になる。1GE ENRI Acuarela 240g/㎡ あまりに安かったので品質に不安を持ったものだ。後にこれを見た美術学校の教師は、それなりに良い品質の紙だろうと指摘されていた。確かに30年以上が過ぎてもカビの発生や変色はほとんど無くて、品質の高さを証明しているようだ。
20 アルハンブラ脇庭 Glanada Spain Ⅱ-2 6月10日 230x330
アルハンブラの外脇庭にて夕方のスケッチ。情熱の国、スペイン。カップルの憩い。この日2点目のスケッチ。
21 アルハンブラの映り込み Glanada Spain Ⅱ-3 6月11日 330x230
アルハンブラの外庭に水槽かプールのような水場があった。宮殿一角の建物がその水面に映り込んだ様をスケッチした。この日最初のスケッチ。
22 ヘネラリフェ庭園への道脇 Glanada Spain Ⅱ-4 6月11日 230x330
ヘネラリフェに向かう道端の城壁のスケッチ。強い陽射しを浴びて咲く、ケシの花の赤色が印象的。この日、2点目のスケッチ。
23 へネラリフェ庭園その1 Glanada Spain Ⅱ-5 6月11日 230x330
フェネラリフェはアルハンブラに北接する夏の離宮。その中庭のスケッチ。幾何学的に刈り込まれた植え込みとまっすぐ伸びた糸杉の対比が興味深い。この日、3点目のスケッチ。
24 ヘネラリフェ庭園その2 Glanada Spain Ⅱ-6 6月11日 230x330
前作に続いてほぼ同じ位置でスケッチしたものだろう。この日、4点目のスケッチ。
25 廃穴居 Glanada Spain Ⅱ-7 6月12日 330x230
この日はスケッチ道具を手にして、グラナダ郊外へ歩いて出た。見捨てられた穴居跡と思われるものをスケッチした。この日、最初のスケッチ。
26 オリーブ畑とシェラネバダ Glanada Spain Ⅱ-8 6月12日 330x230
干からびた岡のオリーブ畑越しに望む、シェラネバダの雪山。モンジュイクの岡とスケッチの裏にメモ書きがある。モンジュイクの岡といえばバルセロナで有名だが、どうやら小生の思い違いだったようで、ここはアルバイシン地区の岡というべきなのだろう。この日、2点目のスケッチ。
27 岡の教会 Glanada Spain Ⅱ-9 6月12日 330x230
Elmita de San Miguel Altoというのがこの教会の名のようだ。ここからの眺望はすばらしくて観光名所のひとつらしい。オリーブの木は弱りきっていて枯れ木もある。この日、3点目のスケッチ。
28 廃穴居群 Glanada Spain Ⅱ-10 6月12日 330x230
アルバイシンの岡の見捨てられた穴居群をスケッチした。この日、4点目のスケッチ。
岡から下る途中で軍人達に止められた。あたりに駐屯地のようなものがあったのだろう。スパイの嫌疑でも掛けられたかとドギマギした。スケッチブックを開き見せることによって解放された。
29 El Albaicin Glanada Spain Ⅱ-11 6月12日 230x330
グラナダ郊外でのスケッチから市内の宿に戻るにはエルアルバイシン地区を通過する。そこでの、この日5点目のスケッチ。西に傾いても強い陽射しによって、陽陰の差異が大きく映される。
30 エルアルバイシン地区の安宿 Glanada Spain Ⅱ-12 6月13日 230x330
アルハンブラを谷越しに望む岡に広がる旧市街のエルアルバイシン地区。そのふもとの川沿いの地域で、この日一枚目のスケッチをする。白文字の黒い看板がかかっているのが宿の入り口なのだろう。
31 アルハンブラ宮殿 Glanada Spain Ⅱ-13 6月13日 330x230
ふもとでのスケッチを終わらせ、エルアルバイシン地区を上の方に登った。見晴らしのきく開けたところでスケッチをした。雪をかぶるシェラネバダをバックにしたアルハンブラだ。この日、2点目のスケッチ。
32 エルアルバイシン地区の扉 Glanada Spain Ⅱ-14 6月13日 230x330
アルハンブラスケッチを終えて、エルアルバイシンから下る途中でのスケッチ。この日、3点目のスケッチ。
33 Elmita de San Miguel Alto遠景 Glanada Spain Ⅱ-15 6月13日 330x230
アルハンブラ脇にある宿近くまで、エルアルバイシンから帰ってきた。アルハンブラの脇庭から、教会が乗るエルミタの岡をスケッチした。前日に、近くまで歩いて行ってスケッチした教会だ。この日4点目、夕方のスケッチ。
34 アルハンブラ城壁 Glanada Spain Ⅱ-16 6月14日 230x330
グラナダで逗留していた宿で朝にスケッチした窓外の光景なのだろう。アルハンブラ宮殿の外城壁とその上に伸びた糸杉。高く上げられたテレビアンテナとの対比が興味深い。城壁足元に赤い花が見えるが、バラだったのだろうか、キョウチクトウだったのだろうか?
35 洗濯物干し Glanada Spain Ⅱ-17 6月14日 230x330
朝一の宿でのスケッチの後、前日と同様にこの日もエルアルバイシン地区へスケッチに出かけた。建て込んだ狭い通り越しにアルハンブラの一角が覗いている。洗濯物を干しているが、日当たりは悪そうだ。しかし、ここの乾燥した気候ではすぐに乾くだろう。通りは階段になっていて、その途中から見降ろしてスケッチしたものだろう。
36 ESPINO通り Glanada Spain Ⅱ-18 6月14日 230x330
ここはエルアルバイシン地区のエスピノ通りと言うのだろう。壁に書いてあるのは「ごみ捨て禁止」ぐらいのことなのだろう。頭のPが切れている。鉛筆で紙面に書き込んだように見えるが、面相筆で描いてある。階段を犬が歩いていたのだろうか?
37 Zo Placeta del Aljibe de Trilla Glanada Spain Ⅱ-19 6月14日 230x330
この日、アルバイシン地区で3点目のスケッチ。地区内の高い位置に上がってきてのスケッチだろう。水平目線にアルハンブラかフェネラリフェ、そしてシェラネバダの雪山が見えている。
38 アルハンブラへの登り道 Glanada Spain Ⅱ-20 6月14日 230x330
エルアルバイシン地区でのスケッチから宿近くに帰ってきてのスケッチだろう。アルハンブラに上がる、向かって右側の裏道らしい。表道と違ってこの裏道は閑散としている。夕方のせいもあるだろうが。この日締めの、5点目のスケッチ。
39 エルアルバイシンの窓 Glanada Spain Ⅲ-1 6月15日 230x330
この日もエルアルバイシン地区へスケッチに出かけた。空き家の窓なのだろうか?窓枠の漆喰が剥げ落ち、壁をツタが覆い、屋根にもベランダにも夏枯れの草が生えている。
40 BENALUA通り Glanada Spain Ⅲ-2 6月15日 230x330
エルアルバイシン地区のここはベナルア通りと言うのだろうか?立ち話(手前は腰掛けているが)するおばさん達は、典型的なアンダルシア地方のスペインおばさんに見える。
41 CARMEN De S’ NICOLAS Glanada Spain Ⅲ-3 6月15日 230x330
この日3点目のスケッチ。エルアルバイシン地区で北の方を向いてのスケッチだろう。壁の文字はこの家の名前かと思われる。ベランダを飾る花が美しい。ゼラニウムだろう。背後はアルバイシンの岡だろう。
42 宿前の岡の上 Glanada Spain Ⅲ-4 6月16日 230x330
この日に宿を発ってグラナダを後にするのだが、宿を出る前にスケッチしたものと思われる。宿近くの岡に上がってのスケッチらしい。スペイン瓦とレンガの赤茶色、そして壁を塗る石灰の白色。スペイン アンダルシア地方の色だ。
43 グラナダ駅 Glanada Spain Ⅲ-5 6月16日 230x330
グラナダの鉄道駅で列車を待つ間にスケッチした。プラットホームのスレート屋根の下には、雪を載せたシェラネバダ山脈が延びている。重そうな資材を吊るクレーンに対比する高い建物は教会だろう。
この後、トレドを目指して夜行列車に乗り込んだ。
44 トレド旧市街 Toledo Spain Ⅲ-6 6月18日 230x330
スペインの古都、トレドはかつての西ゴート王国の首都だった。旧市街に宿を取った。ガイドブックの中で一番安い宿を選んだ。部屋の扉には鍵も無く、かなりの不安を覚えたのであったが。その近くの通りのスケッチなのだろう。
45 San Martin橋 Toledo Spain Ⅲ-7 6月18日 230x330
トレドはタホあるいはテージョと呼ばれる川の湾曲部の内側にある。その川にかかる古い石橋の一つ、サンマルティン橋のスケッチであろう。川べりに廃屋でもあって、その窓枠越しにスケッチしたと思われる。
46 アルカサル Toledo Spain Ⅲ-8 6月18日 230x330
古くはローマ時代に起源を持つ城砦で、トレドの頂を飾るように建つアルカサル。今は軍事博物館になっているそうだ。つづら折れの道を車が登っていく。タホ川のほとりからスケッチしたものだろう。
47 アルカンタラ橋 Toledo Spain Ⅲ-9 6月19日 330x230
タホ川に架かるもう一つの古石橋、アルカンタラ橋。右上の建物はSan Servando砦のようだ。
48 タホ川廃橋脚 Toledo Spain Ⅲ-10 6月19日 330x230
前のスケッチの後でタホ川の下流部に移動して、川中に残る橋脚跡らしきものをスケッチしたと思われる。現在、このあたりの上空からの写真マップを見ると、水辺に草が生えているあたりにはナイトクラブが建っているようだ。
49 サンマルティン橋 Toledo Spain Ⅲ-11 6月19日 230x330
前2点のスケッチからさらにタホ川沿いに下ってサンマルティン橋を過ぎ、橋のたもとのタホ川岸辺でのスケッチのようだ。橋脚のアーチの下には多数のイワツバメの巣が掛けられていたことを思い出す。この日3点目のスケッチ。
50 アゼールリドーあたり その1 France Ⅲ-12 6月22日 330x230
トレドからはアランフェスを経てマドリッドに入った。マドリッド見物の後で、鉄道でフランスに向かった。
フランスではロワール川沿いの古城めぐりから始めた。その始めはアゼールリドー城だった。その近くの宿に泊まったのだが、その近くの民家のスケッチなのだろう。
51 アゼールリドーあたり その2 France Ⅲ-13 6月22日 330x230
アゼールリドー城近くの宿あたりのスケッチ、2点目。雨が降ってきたのだろうか?おそろしく端折って中途半端に終えたスケッチになっている。アゼールリドーでは天気が良くなかった記憶だけは残っている。
52 アゼールリドー近くの宿窓外 France Ⅲ-14 6月22日 330x230
宿の自室の窓外眺めのスケッチ。雨に降られて宿に帰ったのだろう。そして、自室の窓外をスケッチしたのだろう。宿から外の光景をスケッチした記憶は残っている。No.3の裏書があるので、この日3点目だと示している。
53 Azay-le-Rideau 城 France Ⅲ-15 6月23日 330x230
ロアール川の支流、アンドル川の中洲にある城、アゼールリドー城。16世紀に建てられた初期フランスルネッサンス様式の名城だそうだ。
珍しくこのスケッチでは鉛筆で下書きしたか、あるいはディテールを書き加えたかしてある。天気が悪くて雨におびえながらスケッチした記憶がある。天気悪さ対策での鉛筆使用だったのだろう。
54 Shenonceauxの宿にて France Ⅲ-16 6月23日 230x330
アゼイルリドー城を後にしてシュノンソーに向かった。宿を確保して明日のシュノンソー城見物に備えた。その宿での、自室の窓外をスケッチしたものだろう。
55 Shenonceaux城 France Ⅲ-17 6月24日 330x230
シュノンソー城は、代々女性が城主であったために「6人の奥方の城」の別名があるのだそうだ。ロワール川の支流、シェール川をまたぐこの特徴ある建物はギャラリーなのだそうだ。
後から見ても、建物よりも沈みかかった小船の描写に力が入っているようだ。
56 Amboise城 France Ⅲ-18 6月24日 330x230
ロワール川を見下ろす岡に中世からあった砦は、15~16世紀に歴代の王達によってこの美しいアンボワーズ城にされた、とのことだ。
日付からして、午前中にシュノンソー城をスケッチした後にこちらに回り、午後にこのアンボワーズ城をスケッチしたのだろう。
57 Blois城 France Ⅲ-19 6月25日 230x330
建造された時代と建築様式の異なる4つの城からなるブロワ城。フランス王家にとって重要な城で、ルネッサンス期には宮廷が置かれていたそうだ。
極平凡な城砦の一部をスケッチしたのだろうが、なぜか上部が余白になって空を区切ってある。下から見上げる感じを強調したかったのかもしれない。
58 Chambord城 France Ⅲ-20 6月25日 330x230
1515年にフランソワ1世によって築城が始ったこのシャンボール城は、当時の構造をそのままに残す唯一の王家の城なのだそうだ。ロワール川流域最大の城であり、またこれを取り囲む森林公園はパリ市と同じぐらいの面積を持つ広大さらしい。
前日同様、午前中にブロワ城、午後にシャンボール城と見物スケッチの梯子をしたと見える。水面への城の映り込みをどう描写するか悩んだ記憶がある。
この城の真向かいにホテルがあって、このスケッチの後でそこに泊まった。通された部屋からは城が見えなかったが、頼んでみたところ、この光景が窓外に広がる部屋に変えてもらえた。
これで、スペインで買ったENRIスケッチブックが終わる。
59 Fontainebleau城 France Ⅳ-1 6月28日 350x270
中世から近代まで800年にわたって歴代国王が居住した城館で、フォンテヌブローの宮殿と森は1981年にユネスコ世界遺産に登録された。
ここからは何処で買ったか記憶に無いが、フランス製のスケッチブックになる。lavis fidelis ARCHES 220grs
60 Fontainebleau城その2 France Ⅳ-2 6月28日 350x270
フォンテヌブローの庭園。前スケッチの直後に描いたものであろう。庭園の木々と池における緑の諧調が興味深かったのだろう
61 Barbizon村 France Ⅳ-3 6月29日 350x270
フォンテヌブローから10kmほどのバルビゾン村はミレーやコローなどのバルビゾン派として知られた画家たちの拠点だった。ギャラリーや博物館など、見るべきものも多くて観光客に人気の村だ。
スケッチした建物は歴史を感じさせる味わい深いたたずまいだが、博物館とか宿屋といったものなのだろう。
62 Barbizon村その2 France Ⅳ-4 6月29日 350x270
前スケッチの直後に、同じくバルビゾン村でスケッチしたものだろう。
この夜か、前日の夜か、村中の農家の物置においてあったトラックボディーのくたびれたシトロエン2cvの運転席にもぐりこんで夜を過ごした。安宿が無くて、ホテル代のあまりの高さに泡を食った結果だったのだろう。村を出るときは、日本人グループが乗るこぎれいなルノーかシトロエンの乗用車に同乗させていただいた。パリまでまっすぐ連れて行ってもらったかどうかは覚えていない。
63 セーヌ川 Paris France Ⅳ-5 6月29日 270x350
パリでの最初の宿は、セーヌ右岸のルーブルに近いあたりだった。バルビゾン村から日本人グループの車に乗せてもらってパリまで、おそらくは宿まで送ってもらったのだと思う。日付けに間違いが無ければ、宿を確保した後、外に出てスケッチしたのだろう。この日、3点目のスケッチになる。
左端の柳らしい木の生えたとんがりはシテ島の下先端だろう。この下手にはポンデザール(芸術橋)が架かっていて、その対岸には美術学校がある。風景スケッチしているこの青年はそこの美学生なのだろう。
64 Canal Saint-Martin その1 Paris Ⅳ-6 7月1日 350x270
サンマルタン運河は1825年に開通したが、当初は水道水のためのものだったらしい。その後は水運に用いられ、水門を使って高低差を乗り越えていくボートが行き来している。
65 Canal Saint-Martin その2 Paris Ⅳ-7 7月1日 270x350
小樽に代表されるように、運河沿いは散歩の名所ときまっている。サンマルタン運河もしかり。日光浴しながら本を読むお嬢さんの姿が、のどかさを示している。
66 セーヌ川 ポンサンミッシェル Paris Ⅳ-8 7月2日 350x270
ポンヌフの上から上流を見て、橋の下をくぐる観光船をスケッチしたのだろう。右手がシテ島で、覗いている黒い屋根がノートルダム大聖堂の一部だと思われる。
67 Pont Neuf Paris Ⅳ-9 7月2日 270x350
ポンヌフの橋上でのスケッチを終えて、橋を渡って左岸の川べりに降りてこのスケッチをしたのだろう。橋脚にしても建物の土台石にしても、犬のみならず人の立ちションポイントだ。パリの記憶はすえた尿臭に直結する。このスケッチからはその匂いが立ち上ってきそうだ。
これを描いていたときだったと思う。ある男がスケッチを覗きこんでさかんにフランス語で話しかけてきた。唯一聞き取れたのは「タブロー」だった。近所にある美術学校の教師であるような気がした。
後年、自転車旅でパリが終点となった年には何度もこの船をポンヌフの上から眺め、フランスが起点となった年には素通りするパリのポンヌフを走りながらこの船を見おろしたのだった。
68 シテ島 Paris Ⅳ-10 7月4日 350x270
シテ島のすぐ下に架かるポンデザール上で、シテ島の先端を正面にしてスケッチしたものだろう。ポンヌフ左手の橋の下は、観光船の発着所のようだ。
69 エッフェル塔 Paris Ⅳ-11 7月4日 270x350
ポンデザール越しの、霞んだエッフェル塔の遠景をスケッチしたものだ。シテ島の先端あたりに陣取ってスケッチしたのかもしれない。
ポンデザールの右端はルーブル美術館に接し、左端は国立高等美術学校に接す。橋の上の2人は、キャンバスを運ぶ画学生のような気がする。
70 Pont Neuf Paris Ⅳ-12 7月4日 270x350
この日3点目のスケッチだ。シテ島の先端でエッフェル塔をスケッチした直後に、後ろを振り返ってスケッチしたものと見える。ポンヌフの橋脚越しに見る、シテ島対岸のセーヌ左岸の眺めであろう。
71 宿脇 Paris Ⅳ-13 7月5日 270x350
パリでの宿は、初めの宿から別の安宿に移った。不満は無かったのだが、ガイドブックに載っているうちの最も安い宿が身分相応だと思ったのだろう。Hotel de Nold という名の宿だった。カルチェラタンに近いあたりにあったように思う。その脇でのスケッチらしい。
72 サンマルタン運河水面 Paris Ⅳ-14 7月5日 270x350
朝に宿から出てすぐにスケッチした後はサンマルタン運河に回ったようだ。運河水面に浮かぶ見事なごみに興味をそそられたと見える。
73 ノートルダム寺院 Paris Ⅳ-15 7月5日 270x350
サンマルタン運河で浮きごみをスケッチした後はシテ島に渡ったようだ。右手の重厚な建造物はノートルダム寺院だと記憶している。途中で端折ったような描きぶりなのは、あまりに暑くて辛抱が続かなかったせいだ。
これを見てもらった美術学校の教師は、薄ら寒さを感じる、と評していた。
74 Ile Saint-Louisにて Paris Ⅳ-16 7月5日6日 270x350
赤い標識は、車出入り口につき駐車禁止、ぐらいの意味なのだろう。実際は車が止まってはいるが。意味を読み取って描写したわけではなく、扉や石材の質感に惹かれて見たままを描写したものだ。
5日と6日の日付けが裏書されているので、ノートルダム寺院スケッチを端折って終わらせた後に、シテ島からサンルイ島に渡ってこれを手がけたものと思われる。夕方にスケッチを中断して、翌日に引き続いて完成させたのだろう。
75 Pont des Arts Paris Ⅳ-17 7月6日 270x350
セーヌに架かる橋の一つ、ポンデザール(芸術橋)上のスケッチ。左岸の正面に建つのはカルチャーセンターなのだろう。この橋は板張りの歩道橋で、学生や観光客などの歩行者へ憩いの場を提供しているようだ。
76 セーヌの船 Paris Ⅳ-18 7月6日 350x270
セーヌ川の左岸に係留された何隻かの船をスケッチしたものだ。白グアッシュを使っているが、初期の画作にもかかわらず、上手い使い方だと思う。
ポンデザール上のスケッチを終えて左岸に下り、河岸でスケッチしたものだろう。ポンヌフ越しに見える、CNFORAMAを乗せるビルは家具屋らしい。今も変わらず営業しているようだ。
77 RUE DE NEVERS Ⅳ-19 7月6日 270x350
安宿近くでスケッチしたものらしい。セーヌ河畔でのスケッチを終えて、宿まで帰ってきてスケッチしたものだろう。看板からして、ここはネベルス通りというのだろう。骨董や古雑貨を扱う店の案内看板なのだろう。見たままを書き込んだつもりだろうが、RUEとなるべきがRIEになっている。フランス語のできぬ人間が描いたことがばればれだ。このスケッチからも、パリの匂い、いばり臭が感じられる。
これをスケッチするときには脳裏に、パリの街角を現場にて油彩でキャンバスに命を削って描き込んだ日本人画家の佐伯祐三がいたことは間違いない。
これがこの旅最後のスケッチとなった。これから、ロワシーの空港から帰国便に乗ることとなる。
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