2007年の夏にはタクラマカン砂漠の南縁を走ってシンチャンウイグル自治区を横断し、チベット自治区にはチャーター四駆車で入り、西端からラサまで自転車 で走り、さらに北上して青海州を縦断して敦煌までの自転車旅を行いました。出国から帰国まで三ヶ月の旅でした。
砂漠地帯では熱暑と乾燥、そして砂風に苦し められ、チベットでは悪路と、いくつもの峠で標高五千メートルを超える高地の空気の薄さに難儀をした旅でした。 そのような旅の途上で、あるときは自転車を止めてサイドバッグからスケッチ具を出して雪山を描き取り、あるときはテントの入り口越しに光景を写生 しました。ラサでのように何日間か投宿するようなときには、画材を手にして街中に出てじっくりスケッチすることができました。ただそのようなときには人に 囲まれたり、子供のやんちゃに対抗しなければならなかったり、との気苦労はあるのですが。 汽車とバスを乗り継いだ移動の際に停泊した西安や上海でも、街中で、あるいは泊まったユースホステルやホテル内でスケッチをしました。
チベットの山岳風景スケッチに加え、そのような街の光景スケッチいずれの作品もそのスケッチ現場で完成させたものです。御覧いただき、現地で私が得た感動に同感していただければ幸いです。スケッチ展にてお買い上げいただいた作品は載せてありません。それらの作品をお持ちの方々はそれがどの位置にあるか、確認しつつご覧ください。
冒頭の写真は山本氏による撮影です。
1 Xinjiang Uygur 自冶区 道端 Ⅰ-1 ‘07年 6月8日
青海省の西端から走り始めてシンジャンに入り、タリム盆地の南を走る道を西進した。
あまりに暑く、自転車を停めて木陰でスケッチを始めた。暑い上に、小虫は多いし、風が強い。何度もつむじ風が襲ってきて砂を打ち付ける。そのたびに画材を押さえてかばう。何もかも砂まみれになる。我慢のスケッチ。
異様な音が聞こえて路上を振り返ると、男が乗ったラクダが歩いていた。
2 芳塔道班の招待所室内 Ⅰ-2 6月11日
昨夕食ったラグマン(うどん)にあたって、朝にキャンプから引き返して村にあった宿泊所に転げ込んだ。室内は長らく使ってないかのように砂埃まみれだった。それでも、夜には2組のトラックドライバーと思われる宿泊者があった。 宿代を払おうとしたが、主と思われたじっ様は金を受け取らなかった。しかし、私は翌朝出発前に、受付と思われた無人の小店に10元札をおいてきたのだった。
使われる気配の無いストーブに変わったものが乗っている。大型トラックエンジンのヘッドバルブだろう。
4 Kunlun 崑崙山脈 Ⅰ-4 6月20日
ホータンを過ぎて、砂漠の中にキャンプした。ここ数日荒れ模様で、寒かったり雨に降られたりしたが、朝には良い天気になった。崑崙山脈が白く輝いていた。新雪に覆われたのだろう。出発前にスケッチする。
5 インダス河床 チベット Ⅰ-6 6月28日
アリから東に向かい、山越しでインダス川の谷筋に下ってきた。この川が、インドのラダック地方に流れていくのかと思うと感慨深い。
道端でスケッチするが陽射しが強烈で不快。その落ち着きの無さが、荒い筆タッチに現れている。
6 カイラス山? Ⅰ-7 6月30日
遠めにも際立つ雪山が見えた。キャンプの夕方にスケッチする。カイラス山だと思って描いたのだが、どうもカイラス山自体は雲に隠れていたようだ。
7 カイラス山遠景 Ⅰ-8 7月1日
走っていたが、自然の要求にこたえて道を外れた。用を足した後、その場でスケッチした。
スケッチしているうちに雲が晴れて、カイラス山らしき山容が姿を見せてきた。
8 カイラス山(カンリンポチェ) Ⅰ-9 ‘07年 7月2日
チベット仏教やヒンドゥ教の聖山、カイラス。標高6656m。道を外れ、山を目指して原野を走り、自転車で進める限界地点までやってきた。
朝からスケッチを始める。雲が掛かってなかなかすべての山容が現れない。雲が切れる瞬間を待っては筆を進める。ほとんど一日がかりのスケッチになった。
10 カイラス山 振り返って Ⅰ-11 7月3日
カイラス山を後にして東に走り出した。3人の尼さんが歩いていた。カイラス巡礼を終えて戻っていくのだろう。ビスケットを喜捨して追い越して走った。が、振り返ると雲が晴れてカイラス山がくっきり見えた。とどまってスケッチすることにした。
やがて、先ほどの尼さんたちが近づいてきたので、彼らをお茶に誘った。すると、彼女達はツァンパやラーメン、干し肉を出して、私がストーブで沸かすお湯を利用しての、遅い昼食を始めた。私もおすそ分けを頂いた。自力で運ぶ食料の重みは身にしみてわかっているので、彼女達の好意が身にしみた。
3人は路上に戻っていき、私は画材を広げた。
12 屹立する高山 Ⅰ-13 7月6日夕
朝に標高5200mを越す峠を越してきて、夕方には谷筋の広い草原を走ることになった。このころには雨が上がって快適に走っていた。しかし、山景色があまりに見事なので、とまってスケッチすることにした。
風が出てきてスケッチに難儀した。中断してラーメンを煮た。食後に再開して終わらせた。
画面の日付が間違っている。本当は6日。
14 ツォンパあたり Ⅰ-15 7月10日
cp朝。出発前にスケッチ。小さな黒点は、放牧されるヤク牛だろう。
山あいの谷で、朝に、畑や村を見下ろしてスケッチする。 ラーツェとシガツェの間の地。西部の荒涼さに比べ、麦畑や立ち木の緑、菜の花畑の黄色と、穏やかな農村風景。
16 ジョカン寺(大昭寺)裏 Ⅰ Ⅰ-17 ‘07年 7月20日
門を潜った左に 売店があって、お供えのロウソクやささやかな日用品なんぞを売っていた。
17 ジョカン寺(大昭寺)裏 Ⅱ Ⅰ-20 ‘07年 7月21日 夕
Ⅰの位置から90°方向と位置を変えてのスケッチ。本堂の大屋根が覗く。寺内を参観すれば、この軒先に並ぶ高所を廻って歩くこともできる。夕暮れと競っての、この日三枚目のスケッチ。
18 チベット放牧民家 Ⅱ-2 7月27日
昨夕の雨は上がった。走り出すと良い天気になった。だらだら登りを走っていると体も温もったのでスケッチすることにした。
遊牧民の住居にストーブの煙が上がる。真夏でも、この5千m近い高地ではストーブの火が欠かせない。テントか家か、その上に張り渡されたタルチョ(念仏小旗)が彼らの信心深さを物語っている。
19 タングラ峠(唐古拉山口) Ⅱ-3 ‘07年 7月28日
タングラ5206mを北へと越すと、チベットから青海省へと入ってくる。小規模ながらいくつもの氷河が姿を見せる。氷河を望む原野に来た。
朝、 スケッチを始めた。パレットの水が凍結する。陽が昇ると逆光になって見づらい。昨夕の印象とずいぶん印象が変わってしまった。
川岸へと緩やかに広がる原野。朝、スケッチする。紙面の乾きが遅いため、飲み食いを合間に入れてもなかなか手を進められない。
22 レイヨーの群れ Ⅱ-7 7月31日夕
自然動物保護区か?レイヨーと思われる動物の群れがいくつか通り過ぎていく。遠くの雪山が穏やかに望めて、いかにものどかな光景。
23 敦煌(トンファン)の砂丘 Ⅱ-9 ‘07年 8月10日
砂漠の中のオアシス都市、敦煌。東郊外に広大な砂丘が広がっている。 観光客でにぎわう名刹、鳴沙山から外れて(入場料が高くて近づく気になれなかった)開拓中の砂地中からスケッチする。丘ふもとには農家が続き、集約的なオアシス農業を営んでいる。今はナシを収穫するのがよく見られる。
西安の名所、名筆を刻んだ石碑を展示する碑林博物館の近くの通り。書画や筆、紙を商う店が多数立ち並んで趣のある通り。昨年、ここで安く筆を仕入れた。これが調子良く、今年も大量に買い込んだ。
西安中心部は城壁で囲まれている。城壁の外には濠が廻らせてある。その間は公園状に整備されている。北門から貫け出てスケッチする。公園内にある屋外茶店で憩う人々がのどかさを誘う。
26 西安の公園 1 Ⅱ-12 8月18日
西安で泊まっていたユースホステルの近くにある公園で、木陰にある石造りのベンチに腰掛けてスケッチした。
朝夕に、この公園内をめぐってジョギングしたものだった。
27 西安の公園 2 Ⅱ-13 8月19日昼
今日も同じ公園でスケッチする。午後。今日は日曜日で、朝のジョギング時から多くの人出でにぎやかだった。朝から湿度が高く、太陽は姿を見せぬが蒸し暑い。城壁の外に立つ、真新しい高層ビルはモヤで霞んでいる。
背後で楽器の音がして、続いて、京劇の歌の練習らしい声が響いてきた。男の声とは思われぬ甲高い声だった。
中国語で話しかけられた。少なくとも外国人観光客とは思われなかったようだ。
29 北門城壁 西側 Ⅱ-15 8月21日午前
22のスケッチ地点より西方から北門辺りをスケッチする。公園内をジョギングする人やら体操する人やらが通り抜けていく。中国人の健康志向が伺えた。
30 西安 東門(長楽門) Ⅱ-16 ‘07年 8月21日午後
城壁の内外を問わず、高層ビルがセイタカアワダチソウのごとくに繁茂していく西安。ここの夏は蒸し暑く、どんよりと大気も霞む。湿気で弱まった西日がビル群を鈍く照らす。 門の中の歩道上には暑気を避けた人々が集まり、将棋やマージャンに興じていた。











