初めての自転車旅で、いきなりの海外、しかも5ヶ月の長旅でした。自転車に関してろくな知識も無く、ロードレーサーにリアキャリアと泥除けをつけたもので、ギヤ比の高さによるペダリングの苦労や、スポーク折れの多発やら、すべてが初体験で苦労の多い旅でした。この後の旅はすべてマウンテンバイクを旅用に改装したものを使ったのですが、このときにはそんな知識も無く、自転車を任せたショップも旅に関してはまったく知識が無かったようです。
クレタ島での脱水症状や、フランスからスイスへのダイヤモンドダストの舞う中での手指の痛冷たさ。この旅での経験が、後の、すべての自転車スケッチ旅における土台となったのです。
1 Gournay Sur- Alonde Ⅰ(スケッチブック番号)-1(ページ番号) 6月26日朝 France サイズ(WxH mm)253x335
パリ、ロワシー空港で自転車を組み立て、即座に北上開始した。田舎町に見つけた、旅初日の宿の名は Le Relais De Gournay らしい。パリ通り1番が住所か?
朝起きると、昨日同様に薄ら寒い曇り空。7時過ぎ、窓からスケッチする。まだ街灯がともっていたが、そのうち消えた。
2 Gournay Sur- Alonde Ⅰ-2 6月26日昼前 253x335
宿は田舎街道の交差点にある。角向かいはPlace De La Republique公園になっている。公園縁のレンガ積み段に腰掛けて、ホテルをスケッチする。一階右端の窓が泊まっている部屋のものだ。その右手のドアの踏み石段に座り込んで、Rue De Parisを見降ろしてスケッチするのが次のスケッチになる。
通りの少し下にパン屋があり、小脇にパンを挟んだ人々が帰ってくる。小生もそこでパンを買った。今日が日曜日のせいだろう、レストランも店も休みで、これだけが口に入るものとなった。
ロードバイクに乗った老いも若きも、たくさんのサイクリストが走り抜けていく。これも日曜のせいなのだろう。
3 Gournay Sur- Alonde Ⅰ-3 6月26日昼過ぎ 253x335 個人所有
4 Gournay Sur- Alonde Ⅰ-4 6月26日夕方 335x253
宿の角向かいの公園 Place De La Republiqueの縁に座ってスケッチする。宿の息子のSamuel君と意味の通じぬ会話を交わしながら。そのうち近所の子供達が集まってきて、グタグタのにぎやかさの中でのスケッチ。
風が薄ら寒く、紙面の乾きが悪い。夕刻7時前に描き終えた。
5 Peronne北郊 Ⅰ-5 6月27日昼過ぎ 335x253
Peroneを少し北に出た田舎道。坂を登りきり、一息ついた道端でスケッチする。眼下の運河には、時々、はしけの様な荷舟が通う。背後は牛の放牧地で、白い牛どもが反芻している。その鳴き声は聞きなれた和牛のものとは違って、エキゾチックに聞こえる。
午後3時終了。終わりごろには陽が差してきて暑くなり、やはりここも夏なのだと感じる。
6 Arras手前のキャンプ場にて Ⅰ-6 6月27日夕方 335x253
初めてのキャンプ場泊。テントを張り、シャワーも浴びて一息ついた。テントの後ろからキャンプ場の外をスケッチする。
終わったのは午後8時。これから夕食の支度になる。
7 Roeselare郊外 Ⅰ-7 6月30日 Belguim 335x253
フランスから国境を越えてベルギーに入った。自転車を停めて道端で昼休み、そしてついでにスケッチする。柳の木だろうか、胴切りされてなお枝葉を伸ばした樹の姿が印象深い。遠くに立つ塔はRoeselareの教会なのだろう。
今日は良い天気で、シャツを脱いでスケッチする。(後には雷雨に見舞われるのだが。)
8 Dammeの運河 Ⅰ-8 7月2日朝 335x253
朝、ブルージュのユースホステルを出てDammeに寄った。運河のほとりの船着場に腰掛けてスケッチする。魚の跳ねる音に驚かされつつ。
9 Zeebruggeにて1 Ⅰ-9 7月2日昼 335x253
ジーブルージュに着き、北海に面する浜に出た。雨後の晴れ間にスケッチする。海に浸かっている子供が見えるが寒々しい。黒雲がその感を深める。
10 Zeebruggeにて2 Ⅰ-10 7月2日夕 335x253
ここから夜行フェリーに乗ってイギリスに渡ることにした。時間があるのでもう1点スケッチする。
潮が引いて砂浜が広がってくる。北海の浜辺でバカンスを過ごすと見える人々が、夕刻の穏やかな天気を楽しんでいる。
11 Dedham村 Ⅰ-11 7月3日 England 335x253
Felixstoweに夜行フェリーは着き、西に走ってDedham Valeに来た。画家のコンスタブルが住んだ村だ。コンスタブルの水彩画には強く引かれる。あやかりたいのでスケッチブックを広げる。
牛に邪魔されるし、雨が降ってくるし、端折って切り上げた。そしてケンブリッジに向かって雨の中をひた走った。
12 ランナバウトと炭鉱 Ⅰ-12 7月5日 335x253
Doncasterあたりだろうか? A1を北上しているのだが、昼休みがてらスケッチする。
途中、にわか雨が降ってきて、ビニールシートをかぶってひたすら耐えた。雨がやんでスケッチ再開し、描き終えた。
13 Darhamの石橋1 Ⅰ-13 7月7日 253x335
ニューカッスルの南に位置するDarhamでB&Bに泊まった。居心地の良い宿で、連泊することにした。蛇行する川に囲まれて城と古い家並みを残すDahamは、松江やスペインのトレドと合い通じる雰囲気がある。スケッチブックを手に、町見物に出た。
古びた石橋の袂にある家具屋の店先に設置されたベンチに腰掛けてスケッチした。
14 Darhamの石橋2 Ⅰ-14 7月7日 335x253
同じ橋を少し離れた位置からスケッチする。水面に映る緑陰とひなびた建造物。松江の城周りと同じ雰囲気だ。
15 Darhamの聖堂 Ⅰ-15 7月7日 335x253
この日、ダラムで3点目のスケッチ。一日中雨が降らなかった。ヨーロッパに来て初めての出来事だ。
当時のパンフレットを見直すと、ダラムの城と聖堂はノルマン様式の代表として、世界遺産登録されている、との記載がある。いつから始まった世界遺産登録制度か知らぬが、ずいぶん昔のことで、当然当時の小生はそんなことはまったく知らなかった。このパンフレットはB&Bでもらったものだろう。この端には、宿の女将が手書きしてくれた宿の住所が書いてある。迷子になったときに、宿に帰り着くためのものだ。食事のできる所、バルの場所も書き込んであるようだ。女将さんが「バルミール」を連呼していたのを思い出した。
16 Dandee近く Ⅰ-16 7月10日 Scotland 335x253
昨日はエジンバラ前後で、西に向かって走るのに向かい風で苦しんだ。今日は東に向かっているので、追い風になった。天気も良くて実に気持ちが良い。ダンディー手前で、深い入り江にかかる大きなTay橋に近づいた。畑の麦が風になびいて波打つさまが美しい。
あまりの気持ちよさに自転車を停めてスケッチすることにした。ついでに、昨夜の雨で濡れた寝袋を干すことにする。
17 Arbroath近くのキャンプ場 Ⅰ-17 7月10日 Scotland 253x335
昨夜のテント雨漏りに懲りて今日は宿泊にしようと思っていたが、天気が良くてあまりの気持ちよさに今日もキャンプ場泊にした。ここはディスコまである至れり尽くせりの豪華版だった。そのスケッチ。
めったにしないのだが、車などは鉛筆で素描して着彩している。車の車種を判明させたかったのだろう。真ん中の車は、この前前年にアバディーンで乗る機会があった車と同一車種に見える。
1986年、アバディーンの研究所に出張研究していた恩師を訪ねたのだが、恩師はこれと同じような車に乗っていたのだ。
18 Dunnotar Castle1 Ⅰ-18 7月11日昼 Scotland 335x253
一昨年、北海に面したこの廃古城を訪ねて深い印象を抱き、スケッチもした。今年もやってきた。手持ちのランチを食べ、スケッチにかかる。風が強い。
この城は、マークレスター主演の映画がロケされた所だったらしい。ずっと後にテレビでその映画を見て、懐かしくこの城の光景を思い起こしたことがある。
19 Dunnotar Castle2 Ⅰ-19 7月11日午後 Scotland 253x335
1点のスケッチを済ませて2点目に取り掛かる。風は強いが、夕方になるにつれて晴れてきた。空気が澄んでくっきりした光景になってくる。
崖狭間の空間にカモメが、右崖上に羊がグアッシュで描かれている。
20 Stonehaven Ⅰ-20 7月11日夕 Scotland 335x253
ダンノターで2点のスケッチをした後、ストンヘブンで宿を探した。観光案内所で紹介してもらったB&Bは快適だった。夏休暇でオランダに行っている子供達の部屋を旅行者に提供しているという。
夕方、宿の近くでスケッチをした。なにぶん北国の夏の日暮れは遅い。10時を過ぎまで明るいのだから。
いい宿だったが、残念なことにジョギパンを置き忘れてきてしまった。カリフォルニアのバークレーで買った、思い入れ深いものだったのだが。
21 Dunnotar Castle3 Ⅱ-1 7月12日朝 Scotland 335x253
B&B連泊でダンノタースケッチ日にした。たっぷりした宿メシを頂き、下のスーパーで昼飯用食料を買い込んだ。店主は果物をサービスしてくれるし、天気は良い。気持ちよく、新しい2冊目のスケッチブックをバッグに入れた自転車で城に向かった。
城の手前から、ホルスタインが放たれた草地で牛を背後にしてスケッチする。昨日より風は穏やかで、雲雀の声もにぎやか。スケッチおよびピクニック日和。10時50分終了。あまりののどかな気持ちよさに、スケッチ前後はしばらくぼんやりとしてしまった。
22 Dunnotar Castle4 Ⅱ-2 7月12日昼 Scotland 335x253
城に着き、右手の海岸に降りてスケッチを始めた。日差しが強くて目がくらむ。(当時は日向でも裸眼でスケッチしていた。白内障まっしぐらコース、より自然さを求めていたのだが。当時、良いサングラスを知らなかったせいもある。)しかし、ひんやりしていてセーターとウィンドブレーカーを着ていてちょうど良い。
23 Dunnotar Castle5 Ⅱ-3 7月12日午後 Scotland 253x335
2点目を終え、海岸で手持ちランチを摂った。上に上がり、崖の間に渡した短い橋を渡って城内に入った。そして、スケッチを1点。
この城の歴史やいわれを書いたパンフレットも絵葉書と一緒に買って帰ったのだが、後年、読みかけたまま何処に置いたものか、いつしか見かけることがなくなってしまった。いまだに残念に思うことの一つだ。
25 クリークと白牛 Ⅱ-5 7月15日午後 Shetland 335x253
LerwickのYHに引き返す途中でもう1点のスケッチをした。流れるクリークの水は濃い茶褐色に濁っている。羊や牛の排泄物のせいのような気がするが、ピート(泥炭)から染み出るタンニンのせいらしい。染まった水は鏡の効果を増して、空の青や草の緑の映り込みを鮮やかに見せる。この流れは背後ですぐ、海に流れ込んでいる。そこで釣り人が糸をたれているのだが、釣れている気配が無い。
この地では珍しいと思われる良い天気に一日恵まれ、2点のスケッチができたのみならず、実に気持ちよい夕暮れ時も楽しむことができたのだった。
26 Shetland の放牧地と空 Ⅱ-6 7月17日昼前 Shetland 335x253
YHで9時まで惰眠をむさぼり、ランチをこしらえて10時に出た。少し走ってスケッチした。
27 Shetland ポニー Ⅱ-7 7月17日昼 Shetland 335x253
引き続き、視線を変えて2点目のスケッチ。シェットランドポニーをモチーフにして。足が太短くてたてがみの長い、この地に特有の小型の馬は、親しみを抱かせる姿をしている。
スケッチを終えてこしらえてきたランチを食った。寒い。
28 廃屋と羊 Ⅱ-8 7月17日午後 Shetland 335x253
ランチを終えて先に進んだ。少々走ると道から爺様が羊の毛を刈るのが見えた。しばらく見物した後、ラーウィックに帰ろうと引き返した。が、すぐに自転車を停めてもう1点のスケッチをした。
廃屋と羊の群れ。いかにも北の島国の風情。
29 Lerwick ユースホステルにて Ⅱ-9 7月18日昼 Shetland 253x335
今晩の夜行フェリーに乗り込んで、シェットランドからノルウェーに渡る。YHのチェックアウトホステラーデューティーだとかで、窓拭きと風呂掃除に精を出した。後はのんびりユースで夕方まで時を過ごす。
今日は良い天気で、テラスで日向ぼっこ。買ってきたフィッシュ&チップスのお昼を食べる。後はその場でスケッチ。Tシャツ一枚で十分、陽だまりでのことだが。
30 ペタンク Ⅱ-10 7月18日午後 Shetland 335x253
Lerwick ユースホステルのテラスからもう1点。隣の公園。つかの間の夏の日差しを楽しむ人々。
スケッチの裏にはボーリングをしていると書き込んでいるが、鉄球を転がす、ヨーロッパ各地でよく見かけるこのゲームはペタンクと呼ばれるのだろう。
32 湖畔の白樺 Ⅱ-12 7月23日 Norge 253x335
オスロが近い。高地では寒かったが、ここまで下ってくると暖かい。Tシャツ一枚で大丈夫。昼前、腹が減って、自転車を停めて昼飯休み。ついでにスケッチ。スケッチが終わったころに、にわか雨がやってきた。
川幅が広がった湖の湖畔だ。和風の風景に感じる。水辺の松の木と白樺。
33 岡の上の教会 Ⅱ-13 7月26日 Sverige 335x253
きびしい上り下りに加えて強い向かい風に苦しみながら、国境を越えてスウェーデンに入った。あまりのしんどさに、スケッチを口実に自転車を停めて休むことにした。30分足らずの速描で小岡に立つ教会をスケッチした。
34 キキョウの花 Ⅱ-14 7月27日 Sverige 335x253
昼前、まだ大して走っていないのだが、あまりに気持ちの良い天気なので、土脇道に乗り入れてスケッチすることにした。入道雲が多いので、内陸の山では雨が降っているだろうが。
雑草に過ぎないのだろうが、道端には様々な花が咲いていて、自転車をこぐ苦労をやわらげてくれるのだ。
35 Kungalvの古城 Ⅱ-15 7月28日 Sverige 253x335 個人所有
実に魅力的なユースホステルだった。豪華なバイキング朝食をたっぷり楽しんで、自転車をこぎ出した。
37 デンマークの片田舎 Ⅱ-17 7月29日 Danmark 253x335
フェリーに乗り、短くあわただしい船旅でデンマークに渡った。降りた町はエルシノア、単車好きには親しみやすい名前だ。スティーブマックイーンの顔が浮かぶ。コペンハーゲンから南へ、ドイツに渡るために田舎道を辿った。
デンマークの田舎ではわらぶき屋根がよく見られる。イギリスではネットをかけてわらを押さえているのを見たが、ここでは日本民家同様に、さすまたで頂を押さえている。その屋根が麦畑の上に覗いている。目前にキジが現れ走り去っていった。親鳥なのだろう、横の茂みで雛のさえずりらしき鳴き声がする。
良天気に誘われて昼前のスケッチ。終了後に昼飯となった。
38 Verden の大聖堂 Ⅱ-18 8月4日昼 Germany 335x253
この時期、このあたりは麦の収穫が終わり、その跡に糞尿が撒かれて耕されている。あたりは糞尿の匂いに覆われていた。何処まで行っても平地で、並木道を快調に走った。
Bremenの近くのVerdenを過ぎて、昼飯ストップした。ついでにスケッチする。
スケッチに書き込まれた日付が間違っていて、本当は4日。
39 Petershagenの発電所 Ⅱ-19 8月4日夕 Germany 335x253
Petershagennのキャンプ場に泊まろうとやってきたが、Veser川にはばまれて行き着けなかった。地元の若者達がボート遊びをしていて、そこに野宿するらしい。自分もその川べりにテントを立てることにした。
川向いをスケッチした。行き着けなかったキャンプ場があり、背後に発電所がそびえている。火力発電所の可能性が高いが、当時は原発だと思い込んだ。確かに、空模様は怪しかったが、ことさら不気味さを誇張して空を塗っている。ここでも日付が間違っている。
夕食にはしょっぱいソーセージを食ったことであろう。手持ちの水が少なくて、ひどくのどの乾く夜朝を過ごしたことが記憶に残っている。
40 Dolvergの宿 窓外 Ⅱ-20 8月5日 Germany 335x253
Dortmundに近づき、Hamm手前の小さな町、Dolvergのホテルに泊まった。夕刻、部屋の窓外をスケッチした。トラクターとロードバイクが描き込まれているのは、いかにも小生の、変わらぬ趣味主張が反映されているようだ。
ここでも日付は一日遅れている。
これで、日本から持ち込んだ2冊のスケッチブックが終わった。
ここからは現地で買ったスケッチブックになる。まずはWhatman Rag Content 14x10Not Surface 185gsm。
42 ライン河畔 Marksburg Ⅲ-2 8月7日夕 Germany 355x252
コブレンツを過ぎてキャンプ場に入った。近くの町のレストランで夕食を済ませ、キャンプ場でラインの流れをスケッチした。
山上の古城はMarksburg。
43 ライン河畔 ブドウ園 Ⅲ-3 8月8日 Germany 252x355
コブレンツからさらにさかのぼり、心地よく感じられる小さな町の小さな店で昼飯の食材を買った。そして、ラインを見下ろすブドウ畑の中でそれを食べた。そしてスケッチ。
人が転げ落ちそうな急斜面にもブドウ畑が広がっている。きっと美味いワインができるのだろう。あたりには硫黄のにおいがこもっている。ブドウの木の殺菌殺虫のためのボルドー液のにおいなのだろう。
44 Dinkelsbuhl Ⅲ-4 8月12日 Germany 355x252
ディンケルスビュールはガイドブック通りの美しい中世都市だった。観光客はものすごく、その人の群れと行きかう車が街に活気をみなぎらせていた。
45 Nordlingen Ⅲ-5 8月13日昼 Germany 355x252
ネルトリンゲンには昼前に着いた。土曜のせいだろう、中心の通りには市が立っていた。町を見物しつつ食料を買ったりした。
ネルトリンゲンは城壁に囲まれた中世都市だった。城壁の一角脇に水車小屋があった。古い水車があるその小屋を背にして、城壁をスケッチした。水の中には大きな魚がたくさん泳いでいるし、鴨が浮かんでいる。鴨が餌を食む音が響く。背後の街の中心のほうから鐘の音が流れてきた。昼時を知らせるのだろう。スケッチが終わったら、買い出した食料で昼飯となった。
46 草上のサパー Ⅲ-6 8月13日夕 Germany 355x252
Augsburg近くでキャンプ場に入った。まだ4時で早いキャンプ入りだった。何かスケッチしようと思ったが、あたりに目覚しいものは見えず、夕食材でも描くことにした。
サラミソーセージと白カビのチーズ、どっしりしたドイツのパン、そして熱いスープ。スープの具は道端で調達できる(畑で失敬)。同様にデザートの青リンゴも。それは相当酸っぱいのだが。十分にごちそうだ。
ストーブに乗ったカップは、学生時代からの友人のY氏からこの旅のために提供してもらったもので、食材のみならず、ここにも感謝しつつ夕食を頂くのだった。
47 ロマンチック街道 Ⅲ-7 8月14日昼 Germany 355x252
朝にアウグスブルグ見物をしてさらに南下した。Landsbergを過ぎて脇道に入り、休みを取った。よく晴れて、強い陽射しの下でスケッチを始めた。
前年、南回りの飛行機で空の上から眺めた光景の中にいる。教会を中心に赤い屋根の家々が集まる村や町が、畑の中に放射状に広がる道でそれぞれにつながっている。
スケッチが終わると昼飯になった。
48 Neuschwanstein城 その1 Ⅲ-8 8月14日夕 Germany 252x355
アルプスの一端なのだろうか、険しい山々が迫ってきた。もう、フッセンが近いと思われた。草地のキャンプ場に入った。洗濯するが水が冷たい。そしてその水は美味い。
城が見える。白い城を点景にして、険しい岩山をスケッチした。(この時点で、これが高名なノイシュバンシュタイン城だとは知らなかった。)
キャンプ場に入る前にフライドポテト付きソーセージを食ってきたのだが、スケッチの後にまた夕飯を大食することになった。自転車乗りの胃袋はそういうものだ。
49 Neuschwanstein城 その2 Ⅲ-9 8月15日昼 Germany 252x355 個人所有
朝、ノイシュバンシュタイン城まで自転車を押し上げて城見物をした。自転車に乗り下って、ついでにアルプ湖をめぐった。城を眺める対岸まで進んでスケッチした。歩いていったとコメントがあるが、自転車禁止になっていて押し歩きをしたのだろうか?記憶に無い。
50 Neuschwanstein城 その3 Ⅲ-10 8月15日夕 Germany 252x355
オーストリアへの国境を目指そうと、フッセンまで行ったのだが何の休日だか、銀行も開いていない。(聖母被昇天際なのだろう、ドイツでの休日だとはガイドブックには書いていない。)休日に国境越えは何かと不都合に思えたので、朝たってきたキャンプ場に戻ることにした。
キャンプ場近くまで戻り、畑道に入り込んで草地の中からノイシュバンシュタイン城をスケッチすることにした。あたりは牛の糞だらけで、牛の排泄物の匂いが濃く漂う中でのスケッチ。
51 チロルの山並み Ⅲ-11 8月16日 Austria 355x252
オーストリアに入った。チロル地方だ。アルプスの山並みが美しい。あちこちにスキー場がある。さすがスキー大国。そして古城が覗く。自転車を停めてスケッチすることにした。ここにもスキーリフトがかかっている。
53 Dolomiteの山並み その1 Ⅲ-13 8月18日昼 Italy 355x252
Dobbiacoで折れ曲がって南に向かった。そのあたりでスケッチした。街道は険しくとがったドロミテの山並みを縫って走り、ベニスへと向かう。スケッチの後で昼飯となった。この後、長いのぼりが続くことになった。
林の向こうにはスイミングプールがあり、ハイキングコースになっている。
54 Dolomiteの山並み その2 Ⅲ-14 8月18日夕 Italy 355x252 個人所有
Cortina d‘Ampezzo は美しい町だった。スキーファンには馴染み深い町の名だ。
56 Venezia路地裏 Ⅲ-16 8月20日 Italy 252x355
ベニスの街中では自転車を押し歩いた。運河にかかる橋はたいてい盛り上がっていて、階段を上がり降りする。そんな橋の上でのスケッチ。蒸し暑い。運河は、基本的には潮の匂いがする。そこにドブ臭さが加わる。しかし、昼時で昼支度の美味そうなにおいも流れてくる。
フランス人の親父が来て写真を撮った。写真を送ってくれるというので、住所を教えたのだが、、、、。フィルムが入ってなかったのだろうか?
58 Kojina モペット Ⅲ-18 8月22日昼 Jugoslawien 355x252
イタリアのトリエステから国境を越えてユーゴスラビアに入った。(当時はまだユーゴスラビアだった。今はクロアチア。)まず、小さな村ではあったが、コジナの銀行でユーゴの通貨への両替を試みた。ここでも昼休みで閉まっていた。銀行が開くのを待つ間、スケッチをすることにした。
ペダルの付いた原付、モペットが魅力的だ。これだけはシャーペンでデッサンしている。親父さんが来て、あそこは水だと英語で言う。石壁の囲みの中は井戸か泉かなのだろう。
59 Senjキャンプ場 水車 Ⅲ-19 8月23日 Jugoslawien 355x252
Rijekaから南への海岸線は、石灰質のがレ場で潅木がヒョロヒョロと立つ、荒涼として乾ききった光景を見せていた。Senj村近くの海辺のキャンプ場に入った。ここは入り江の奥にあって、ささやかな清流が流れ込んで、オアシスめいた所だった。
今は用無しと思われる水車をスケッチする。粉引きに使われていたのだろう。
この後にあるべきⅢ-20スケッチは無い。このキャンプ場のマネージャー男に請われるままにスケッチを描き、食料と交換した。スパイシーなソーセージ、白くてでかいピーマン、牛乳、パン、トマト。波止場の上からキャンプ場の光景を描いたものだっただろう。連泊してゆっくりスケッチしたり、海で泳いだりの良い一日だった。
翌朝、2泊分もただにしてくれた、キャンプ場のマネージャーと責任者かオーナーらしき男に見送られて走り出したのだった。
ここからの20点ほどは、Vangerow’s Universal-Block Sketch book の紙になる。
61 Senjキャンプ場 その4 Ⅳ-2 8月24日夕 Jugoslawien 320x240
キャンプ場の管理人居住区をスケッチした。本来は粉ひきのような作業場だったのだろう。
さすがに地中海気候の本場、夏枯れで秋景色のようだ。
63 Pisak村 Ⅳ-4 8月27日 Jugoslawien 320x240
Splitを過ぎ、Omisで昼飯を食った。少し走って、道端でスケッチした。教会を中心に小山の上に形成された小さな村だ。道から見降ろした、アドリア海を背景にしたその姿は実に魅力的だ。地図上にはPisakと読めた。
スケッチの後、この近くのVaska Voda のキャンプ場に泊まったのだが、すばらしく充実した巨大キャンプ場だった。夕べのアトラクションに、聞きなれない音楽のバンドライブが入っていて大いに盛り上がっていた。今、思い返すにそれはロマのバンドで、細やかなステップのダンスも独特のものだった。
64 Slano近くのキャンプ場 その1 Ⅳ-5 8月29日朝 Jugoslawien 240x320
Dubrovnicまで数十kmを残した地点でキャンプ場に泊まることにした。Slanoまで走ったのだが、日曜のことで大して食料調達もできぬまま引き返して、こじんまりとした海辺のキャンプ場に入ったのだった。この往復は峠越えになっており、無駄な苦労に悪態をついていた。しかし、ここは居心地がよく、2連泊して過ごしたここでの時間は良い思い出となったのだった。
テントの中で、雄鶏の時の声に起こされた。朝食前にスケッチする。何のための小屋かはわからぬが、重厚な石材、古びた板戸、錆鉄材と、魅力的な素材がそろっている。
65 Slano近くのキャンプ場 その2 オリーブの古木 Ⅳ-6 8月29日午前 Jugoslawien 240x320
この、こじんまりしてひなびたキャンプ場には食堂があった。朝も昼も食堂で美味い飯を食った。人任せの食事の間にスケッチする。年を経て興味深い姿を見せる幹と根張りのオリーブの古木だ。
このキャンプ場の料金は、2食分を足しても2泊で900円相当と、居心地良さと合わせて大満足のものだった。
66 Slano近くのキャンプ場 その3 チャペル Ⅳ-7 8月29日午後 Jugoslawien 320x240
キャンプ場はアドリア海が入り込んだ湾の奥にあって、浜は実に穏やかだった。澄んだ海水の中に見る砂地の海底には大量のナマコがいた。見慣れぬ光景に、始めは不気味に感じたものだった。
海辺に礼拝堂があって、それをスケッチした。手前の岩の上に座っているのはTitiana、堂の壁際にいる子供の一人はRichard。イタリアから両親と共に、休暇に来ているSchneider家の姉弟だ。ここで一緒に楽しい時を過ごしたこの家族の住む、ミラノ近くの町を旅の後半に尋ねることになるのだった。
翌朝、ここを発ってDobrovnicに入った。街を見物して、夜にはフェリーの船内にいた。当時、アルバニアは鎖国しており、ギリシャに向かうには船に乗るよりは仕様が無かったのだ。
67 オリーブ園 Ⅳ-8 9月2日 Greece 320x240
9月になったが、ギリシャに入って暑さが身にしみる。Agrinioで昼飯を食って走り出したが、暑さと向かい風、上り下りもきびしくて水をがぶ飲みしながら進んだ。あまりの厳しさにオリーブ園の中で休むことにした。そしてスケッチ。
暑さが言い訳にはならぬが、オリーブの幹の様も枝ぶりも葉の色も上手く描けない。ただ草むらのハッカの匂いのさわやかさが救いだ。親父さんがやってきて、毒蛇に気をつけろとジェスチャーで教えてくれた。ねじれたり空洞があったりの複雑な幹になるオリーブの木は、いかにも蛇の巣に好適だと思われる。
68 Galaxidi Ⅳ-9 9月3日 Greece 240x320
大きく深くいり込んだコリンシアコス湾北岸の猟師町。美しい小さな町だった。魚料理の昼飯を食った。昼寝時であるし、観光シーズンは過ぎたのだろう、街中でも閑散としていた。静まり返った街路をスケッチする。とにかく暑い。
この時分の日記には、スケッチの不調をこぼしている記載が多い。原因はいろいろ考えられる。暑さ。湿度の低さによる水引の速さ。日ごろ使っている黄味がかった紙と異なる純白の紙面。陽射しの強さとコントラストのきつさ。やはり、暑さによる忍耐力低下が一番だったのだろう。
ここでも満足はしていないのだが、少なくとも、陽射しの強さとコントラストの激烈さを写し取ろうとした意匠は良くわかる。
69 Delfi その1 劇場 Ⅳ-10 9月4日 Greece 240x320
キャンプ場に連泊することにして、古代ギリシャ遺跡のデルフィ見物に出かけた。身軽な自転車でつづら折れの道をクネクネと登って行った。遺跡はとんでもない急斜面にへばりついている。劇場の遺跡を屏風のように切り立った岩山肌をバックにしてスケッチした。斜面の下は深い谷に落ちている。
70 Delfi その2 アポロ神殿 Ⅳ-11 9月4日 Greece 240x320
神殿背後から、石材を積み上げてできている柱群をスケッチした。表から見ると柱に縦筋レリーフ模様があるのだが、裏から見るとのっぺりしている。きっと転がっていた石材を修復で積み上げる際に、風化を免れて模様が残る側を表にそろえたのだろう。
このスケッチでは、紙面を削って紙の白さを出すことでハイライトを示している。コンスタブルの技法を意識しているのだが、めったにやらないことで、スケッチ不調脱却に腐心していることが伺える。
71 Delfi その3 Tholos Ⅳ-12 9月4日 Greece 240x320 個人所有
ここでは鉛筆でデッサンして着彩している。常日頃やらない技法であり、不調脱却のための一手段だったのだろう。
72 Athina Olympian Zeus 神殿 Ⅳ-13 9月7日 Greece 320x240
小さな礼拝堂の前庭の木陰で、古代遺跡を見上げてスケッチした。アテネの車と人通りは凄まじいのだが、その喧騒から逃れたエアースポットのような庭だった。ギリシャ商法の長い昼休みを過ごしているのであろう、2人の男がベンチに座り込んでいた。他には、人通りの無い静かさだった。
昨日までと打って変わって涼しい。空には雲が広がっている。この夜、ピリウスの港からサントリーに向けて船に乗ったのだが、雨になった。チケットのカテゴリーが船内ではなく甲板上だったのでひどく惨めな航海になったのだった。
73 Thira(Santorin)Oia地区 Ⅳ-14 9月8日 Greece 240x320
船はサントリーニ島に早朝着いた。自転車を押し上げて、フィラの町過ぎに宿を決めた。とりあえずスケッチポイントの下見にと、荷を降ろして身軽な自転車を北の方へ走らせた。しかしそのままオイア地区でスケッチすることになった。
石灰で白塗りされた家々がまぶしい。
74 Thira(Santorin)宿の窓 Ⅳ-15 9月9日午前 Greece 240x320
泊まった宿の自室の窓をスケッチした。ベゴニアだろう、窓辺を飾っている花は。
トイレが詰まっての漏水で朝から問題が発生した。トイレにペーパーを流し込んだのが悪かったのだろう。ギリシャの常識では紙はごみ入れに入れるもので、流すものではなかったのだ。これ以降、世界各地の旅先で紙はトイレに流してよいか悪いか、しっかり確認して処理するようにすることになったのだった。
スケッチ中、気の良い宿の親父は大して気分を害した風も無く、トイレ排水修復作業をしていた。ギリシャトイレ事情に不慣れな観光客による、この手のトラブルになれているのだろう。
75 Thira(Santorin)Fira地区 その1 Ⅳ-16 9月9日午後 Greece 320x240
昼から、宿から歩いてスケッチに出た。内海に下る急斜面に付けられた通路をスケッチする。ギリシャ正教の小さな白塗りのチャペルが、濃紺の海の色に浮き上がって美しい。スケッチする隣にはテラスに乗ったカフェバーがあって、イージーリスニング音楽と食器の当たる音が流れてくる。そして、いろいろな国の言葉も。
サントリーニの島々は火山島の爆発的噴火の残存物で、内海は吹き飛ばされて陥没した部分というわけだ。
76 Thira(Santorin)Fira地区 その2 干し物 Ⅳ-17 9月9日午後 Greece 320x240
いつでも何処でも、洗濯干し物は絵のテーマとして魅力的だ。
77 Thira(Santorin)Fira地区 その3 Ⅳ-18 9月9日午後 Greece 320x240
内海を見おろすテラスハウス。観光客用レンタルルームの可能性が高い。植物が植えられていなくても、鉢や壷が魅力的だ。
情報量の少ないスケッチとはいえ、この日4点目、午後の3点目とスケッチ回数は多い。船上で浴びた雨が涼しさを運んできたのだろう、日陰では肌寒いぐらいだった。暑さがきびしければ、スケッチ回数とその時間は少なく、短くなっただろう。
78 Thira(Santorin)宿のテラス Ⅳ-19 9月10日朝 Greece 240x320 個人所有
スケッチ見物に宿の女将さんと娘さんがやってきた。きっと彼女達に花の名前を聞いたのだろう。マルガリータはマーガレットで、右手の黄色いキク科の花のことだ。スケッチ後に、コーヒーをご馳走になった。
背後の海は東に面した外海で、クレタ海というのだろう。
79 イリーン(アイリーン) Ⅳ-20表 9月10日午前 Greece 240x320
コーヒーをご馳走になって、もののついでに宿の娘さんをスケッチさせてもらった。名前はイリーンあるいはアイリーンだそうだ。
80 宿の息子 Ⅳ-20裏 9月11日午前 Greece 240x320
朝のスケッチから戻ってくると、宿の親父が排水対策作業をしていた。息子が一緒にいたので、もののついでにスケッチさせてもらった。名前を聞いたことだろうが、覚えておらず、記録も無い。
この後、お昼に宿主から鳥とチップスの差し入れがあって、おいしく頂いた。
81 Thira(Santorin)フィラの港 Ⅴ-1 9月10日午後 Greece 350x253mm
作ったサンドイッチを持って宿を出た。フィラの港を目指して階段のつづら折れ道を下った。これはヤロスと呼ばれるらしい。途中のテラス状のところに落ち着き、港を見降ろしてスケッチした。
船が入ると通行量がぐっと増える。「ベラベラ」「アサシオ」と馬子が掛け声を上げ、馬やロバの背の乗客は悲鳴を上げる。客がおびえるのが愉快らしく、馬子は馬やロバをムチ打って追い立てる。だみ声の下手な馬子唄も聞こえる。馬、ロバの糞は干からびて粉末になり、風に舞い上がって鼻腔をくすぐる。
ここからの3冊のスケッチブックは12枚つづりで、The Langton Bockingford 300gsm Acid free。 アテネで購入したものになる。
82 Thira(Santorin)フィラの街とサボテン Ⅴ-2 9月10日夕 Greece 350x253
カト フィラというのだろうか?前作を描き終えて振り返り、崖の上の街並みをスケッチした。サボテンにはオレンジ色に熟した実がついている。これは島で売り物になっている。一つ拾って食ってみるとトロピカルフルーツっぽい味がする。しかし種が多い。後で難儀した。小さなそげが指にいっぱい刺さり、チクチクして不快な目にあったのだ。
83 Thira(Santorin)横穴畜舎 Ⅴ-3 9月11日朝 Greece 253x350
8時過ぎに起きた。宿の前でスケッチした。右手の扉は畜舎で、ヤギやロバが出入りするものだ。崖に横穴を掘って作られたものだ。火山灰が積もっていて掘りやすいのだろう。
青い丸屋根は聖人ニコラスを祭る聖堂だ。
84 Thira(Santorin)廃車 Ⅴ-4 9月11日午後 Greece 350x253
宿の息子をデッサンした後に宿主からの差し入れお昼をいただいた。それからスケッチに出た。島の北端のオイア地区の岬を背景にして、廃車をスケッチした。
オーストラリアから来たという娘が通りかかって言うことには、「日本車でなくて良かったね。」。日本車だったなら、あわれで絵にしたりできないということか。車種はソ連製のラーダだろうか?
85 Thira(Santorin)穴居と礼拝堂 Ⅴ-5 9月12日 Greece 253x350
伝統的穴居住宅レンタルルームをオイア地区で下見するために、自転車で宿から2往復した。一度目に宿に帰る途中でスケッチした。
伝統的な住居は、火山灰の崖に横穴を穿って造ってある。これは家畜のためのものであろうが。上に覗いているのはやはり礼拝堂だ。
86 Thira(Santorin)マルガリータとゼラニウム Ⅴ-6 9月13日朝 Greece 350x253
7時に起きた。朝飯後、宿部屋前のテラスにテーブルと椅子を出してのんびりした。スケッチをした。
この後、洗濯したり、自転車パンク張りをしたりで半日をこのテラスで過ごした。
87 Thira(Santorin)廃屋の扉 Ⅴ-7 9月13日昼過ぎ Greece 253x350
昼過ぎ、カメラと画材を持って宿を出た。廃屋に入り込んで、サントリーニの内海に落ち込む崖を外に見る、壊れた扉をスケッチした。
88 Thira(Santorin)廃屋 Ⅴ-8 9月13日夕 Greece 253x350
2点目のスケッチも廃屋だ。連続スケッチで座りっぱなしのせいで、尻におできができたようだ。
89 Thira(Santorin)洗濯干し Ⅴ-9 9月14日朝 Greece 253x350
今日も午前中は宿でのんびりする。洗濯干し物をスケッチする。女将さんが干すシーツ類と、隣の客室に入ったフランス人カップルの干すバスタオル。日本人の感覚からは程遠い色彩のタオルデザインだ。
この後、宿差し入れご馳走を昼に頂き、今日から学校が始まったといって勉強する宿の姉弟に付き合った。それから外へスケッチに出た。
90 Thira(Santorin)ロバと老人 Ⅴ-10 9月14日午後 Greece 350x253
左の崖は内海に落ち込み、右手から前方へ広がる外海へはゆるやかに下っていく。右端の植物はウチワサボテンで果実を着けている。サントリーニではいたるところにギリシャ正教の教会や礼拝堂が見られる。ここも例外ではない。
いったい何を食わせているのか、このロバの置き土産が人の物のようににおう。この絵を見た宿親父の言うことには、ロバの背の老人はかみさんの父だそうだ。
91 Thira(Santorin)Oia地区の伝統的穴居群 Ⅴ-11 9月15日 Greece 253x350
サントリーニ島オイア地区で、伝統的穴居のレンタルルームハウスを3泊借りる贅沢をした。入居初日の夕方に、テラスから背後を見上げてスケッチした。
この近くで知り合った、スイス人と日本女性の夫妻を我がレンタルルームハウスに招いた。昼を一緒に食べたが、さらに、テラスから海に沈む夕日を愛で、スパゲティーの夕食をともにした。この夫妻の住むスイスの町、リスを旅の末に尋ねることになるのだった。
92 Thira(Santorin)穴居の窓とドア Ⅴ-12 9月16日朝 Greece 350x253
昨夜の紅茶のせいか、よく眠れなかった。贅沢に穴居ルームハウスをレンタルしたが、蚊に悩まされた。無数の蚊をつぶして眠気が来るのを待った。
朝7時に起きて、部屋の中からドアと窓、そしてその外の光景をスケッチした。内海越しの島はThirasia島だ。
スケッチを終えて、遅い朝食を摂った。
93 Thira(Santorin)俺のTシャツ Ⅵ-1 9月16日午前 Greece 253x350
室内からのスケッチを終え、テラスに出て朝食を摂った。背後の上の方を見てスケッチした。干し物は私のTシャツだ。石積みの円筒形の構造物は、貯水槽の残骸だろうか?風車小屋だったかもしれない。
94 Thira(Santorin)俺のテラス Ⅵ-2 9月16日午後 Greece 350x253
Tシャツスケッチを終えて遅い昼飯を摂った。それから一段上って、さっきまで居た自分の借り家のテラスを見降ろしてスケッチした。足下が借り家の室内ということになる。
暑い。海を見降ろしていたら泳ぎたくなった。スケッチの後で海に下り、入り江を2往復泳いだ。
95 Thira(Santorin)チャペル Ⅵ-3 9月16日夕 Greece 253x350
海から上がって、238段を数えた階段を上がって帰ってきた。再び、我が借り家のテラスから見上げてスケッチを始めた。薄緑の丸屋根は、きっとギリシャ正教礼拝所を成しているのだろう。
日没となり、影の具合が不明になったので中止して翌日夕方に完成させることにした。そして、翌17日夕方に続きを描き込んで終わらせたのだった。
96 Thira(Santorin)Thirasia島 Ⅵ-4 9月17日昼 Greece 350x253
日よけパラソルをテラスのテーブル脇に立てることができた。日よけの下で快適にスケッチできた。日付けが間違っていて本当は17日。
Oia地区の目前にあるのはThirasia島だ。夕日はこの右手の海上に沈む。ここはサントリーニ随一の観夕日ポイントで、島内から夕日見物客が詰め掛けてくる。上部の通路に数珠繋ぎになった観光客を見上げて、借り家のテラスを独り占めにしている私はプチセレブ気分に酔いしれるのだった。
眼下の内海は島の出入りの航路になっており、間近に船が渡っていく。夜にはこれらに向かって、ともしたローソクを振って挨拶を送ったりもしたのだった。
97 Thira(Santorin)入り口の椅子 Ⅵ-5 9月17日午後 Greece 350x253
午後、2点目のスケッチをした。借りている伝統的穴居住宅正面と壊れかかった椅子だ。これも日付け間違い。本当は17日。
ここで3泊して、翌日、FiraではなくてAthiniosの港から船に乗ってクレタ島を目指したのだった。
98 Krete キャンプ場の食堂 Ⅵ-5 9月21日 Greece 350x253
クレタ島はIraklioに上陸した。クノッソス神殿見物をしたのみで、ひたすら西へ向かった。
ここはクレタ島で3ヶ所目のキャンプ場で、船に乗る予定の港手前の小さな町Kastelliをひかえた海岸にある。前日は、上り下りがきびしく暑さもきびしい中を長距離を走ることになり、夜には脱水か熱中症かのためにひどく苦しんだ。ここへは大した距離ではなかったがホウホウの体でこぎつけた。キャンプ場の食堂で昼を食べた。無理かと思ったが、おいしく食べることができた。しかしゆっくり休むつもりで、野外食堂のよしず日よけの下に居続けた。そして、その光景をスケッチすることにした。
99 Krete オリーブ林の羊 Ⅵ-7 9月22日午前 Greece 350x253
キャンプ場に連泊するので、歩いて買い物に出た。帰りにオリーブ園をスケッチすることにした。
いつもながらにオリーブの葉の色に悩まされる。表は濃い緑、裏は白っぽい緑、そして、逆光で透けて見える色は黄色っぽい。ここでは土ぼこりで、ことに白っぽさが増している。
木立の先には家が建っていて、脇に羊皮が干してある。私は不自然に盛られた土塚の上に腰掛けてスケッチしているのだが、下には家畜の屍骸が埋められているかもしれない。
100 Krete キャンプ場の食堂から Ⅵ-8 9月22日午後 Greece 350x253
前日と同じキャンプ場の食堂で昼を食べた。ムサカ、つまりひき肉とナスの炒め煮だった。テーブルについたそのまま、同様にスケッチした。
雲が広がってきて、風も出てきた。浜で粘っていた人々も、一組二組と引き上げていく。この後、夕方にパラパラっと時雨がきたが、すぐに回復した。
翌朝にカステリから乗り込んだフェリーは、Andikithira島とKithira島に寄港して夕方にペロポネス半島の南端Githioに着いた。
101 Mistras Ⅵ-9 9月24日 Greece 350x253
ペロポネス半島中央を北上した。上り下りの厳しい行程だった。スパルタ郊外の中世城郭都市ミストラスを訪ねた。近世に見捨てられたが、最近再生保存が進んでいるという。この翌年、1989年に世界遺産に認定されたようだ。中世、この都市を造成するに当たり、スパルタの古代遺跡石材を運んで利用した部分があったという。近世、スパルタに町づくりをすることにあたって、見捨てられたここから、再びそれらの石材のあるものはスパルタに運び戻されたという。
真新しく清潔なキャンプ場に入って落ち着き、スケッチを始めた。黒雲が広がってそのうち雨が降ってきた。端折ってスケッチを終わらせた。スケッチの後で頂上の城砦見物に登ろうと思っていたが、やめた。回り道してやってきたが、結局、名所見学は遠景スケッチ一枚で終わってしまった。
このキャンプ場は3ヶ月前にできたそうだが、これが初めての雨降りだという。そして私が始めての日本人客だという。ここでだった。キャンプ仲間の男から、ソウル五輪背泳競技で伏兵、鈴木大地が優勝したことを教えてもらったのは。
102 Langadia Ⅵ-10 9月26日朝 Greece 253x350
ペロポネス畔東北中部山間の田舎町、ランガディアの安宿に連泊した。落ち込む深い谷に面して、山肌に家々が張り付いている。平地は人工的に張り出したテラスしかなく、そこで子供達はサッカーに興じ、大人はカフェーの椅子に座り込んでいる。朝、スケッチに出た。
学校へ行く途中なのだろうが、子供達が寄ってきて茶々を入れてうっとうしい。東洋人がよっぽど珍しいらしく、私がブルースリーの親戚か友人だと思っているに違いない。
103 Langadia 瓦屋根 Ⅵ-11 9月26日昼前 Greece 350x253
朝のスケッチの後、両替をしようとした。やっと見つけた両替可能なところは車の移動銀行だった。両替に成功して、2点目のスケッチにかかった。
瓦屋根が面白い。瓦一枚一枚が形も大きさも色も違っていて、並べ方も雑然としている。じっくり描き込みたいところだが、端折ってしまった。
終了後、昼食を食べた。宿の人がパンを焼く傍で注文して食べた料理は何もが、しょっぱかった。
103 Langadia 宿の屋上から Ⅵ-12 9月26日午後 Greece 350x253
泊まっている宿の屋上からスケッチした。面相筆の穂先がちびて細い線が描けない。画面を斜めに使ってみた。
この宿の人たちは、ギリシャ人らしからぬ働き者だ。夜遅くまで食堂を開き、朝は早くからパンを焼いている。私が泊まる部屋の斜め下がパン焼き窯になっている。残念なことに食堂の味付けはしょっぱく、ベッドはダニのせいだろう、かゆみで良く眠れなかった。2泊目の途中からは、体中に筋肉マッサージクリームを塗りたくることによって熟睡を得たのだったが。
立原正秋の旅行記じみた小説「帰路」にこのランガディアが登場する。彼が、オリンピアへの途中で車を止めさせて昼食をとったのは、まさにこの食堂だったと思われる。
この後、オリンピア見物で古代遺跡の巨大石材に驚き、さらにペロポネス半島北端の港町Patraへ向かって走った。そこからフェリーに乗ってイタリアのBariへと渡ったのだった。
104 Lido di Salerno 朝 Ⅶ-1 10月2日午前 Italia 350x253
イタリアはBaliに上陸し、Potenzaを経由するきびしい上り下りの経路でイタリア南部を横断して地中海岸に出た。そこで、サレルノ郊外の浜辺にあるキャンプ場に2泊した。シーズンが終わっても年末まで営業するという奇特なキャンプ場だった。ひとけが無くてさびしいようだが、入るFMラジオ局はいっぱいあって、ラジオ一つあればにぎやかな気分になるのだった。
朝、20km以上続くという人影まばらな砂浜を散歩した。それからキャンプ場をスケッチした。湾岸の先にサレルノ市街が見える。見通しが利いてしまうキャンプ場は侘しい。放置された冷蔵庫と、無人のキャンピングトレーラーが侘しさをつのらせる。
105 Lido di Salerno 昼 Ⅶ-2 10月2日昼 Italia 350x253
朝のスケッチを終えて昼飯にした。パンをかじり終えて2点目のスケッチに取り掛かった。
ここに見える唯一の人影の、パンツ一丁のよく日に焼けた老人がここのオーナーなのだろうか。コロを下にかましてボートを引き片付けていたが、今は座って休んでいる。
106 Pozzuoli Anfiteatro Flavio 地下 Ⅶ-3 10月4日午前 Italia 253x350
ポンペイ見物の翌日はポッツオリの見物だった。泊まったキャンプ場自体が火山の火口のようで、火山性ガスを噴くところもあった。このあたりは地震が多いことだろう。遺跡見物をするのだが、興味深いところはおおむね立ち入り禁止になっている。崩壊落石の危険があるためだろう。この円形闘技場の地下も立ち入り禁止だった。
ここは紀元70年ごろに建設されたもので、4万人を収容することができる。地下部分の保存状態が非常に良くて、野獣などをせり上げる仕組みがよく見て取れるそうだ。
地下に少し入ってスケッチした。ポンペイと違ってここは観光客はろくにおらず、監視員もやってこない。落ち着いて、人目に触れることなくスケッチできた。湿気っぽい。昨夜の小雨でなおさらその感が強い。
107 Casterro Di Baia と Baiaの港 Ⅶ-4 10月4日午後 Italia 350x253
遺跡スケッチの後は海岸線を西に走ってバイーアの港へ行った。岸壁から城を見てスケッチした。アラゴンの時代からの城だそうだ。岸壁につながれた船は解体中か修理中で、働く人夫の一人が濃いエスプレッソコーヒーを差し入れてくれた。
108 Firenze Ⅶ-5 10月11日朝 Italia 350x253
フィレンツェではキャンプ場に泊まった。キャンプ場で朝にスケッチした。この後、観光と美術館回りにいそがしい一日となった。
109 Robecco その1 Ⅷ-1 10月15日 Italia 240x320
ミラノ近郊の小さな町、ロベッコに友人宅を訪ねた。ユーゴスラビアの海岸で知り合った家族のSchneider家だ。お邪魔した1泊めの朝、おいしく朝食をいただいた後で親父さんと散歩に出た。ついでに近所でスケッチ1点。
シュナイダー家でのスケッチは3点だったが、紙はフィレンツェで買ったアルシュ紙になる。Arches cold press 185g/㎡
110 Robecco その2 Ⅷ-2 10月16日 Italia 240x320
シュナイダー家での2泊目の朝、昨日同様に近所でスケッチをした。畑の中でのスケッチ。
このとき2点のスケッチをしたのだが、もう1点はシュナイダー家に感謝の気持ちを込めて、もらっていただいた。ロベッコはポー川の支流、Ticino川に接し、ミラノにも近く、シュナイダー家はバードウォッチングやミラノ見物にと、もてなしてくれたのだった。イタリアの家庭らしく、おいしい食事は言わずもがなである。
111 le Trayas Ⅶ-6 10月20日 France 253x350
前日、ニースでとんでもない雷雨にあってずぶ濡れになって震えた。しかしその雨のおかげで、空気が恐ろしく澄んでいる。ただでさえ地中海地方は湿度が低くて空気が澄んでいるのに。カンヌの豪華さ、きらびやかさに驚かれながらに気持ちよく海岸線を西へと走ってきた。小さな町、トラヤまで来たが、あまりの美しさに、まだ数十キロしか走ってないが泊まることにした。ユースホステルがあることではあったし。(ニースのユースホステル同様にここのユースホステルも高見にあって、いずれも厳しい登りを、フル装備の自転車を押し上げたのだった。)ユースの宿泊カテゴリーにはテント泊があった。自分のテントを庭に張ってスケッチに出た。
右の木はユーカリで、この木下にテントを張ってある。
ここから数点の紙はLangtonに戻る。
112 AIX EN PROVENCE Ⅶ-7 10月22日 France 253x350
エクスアンプロバンスではセザンヌのアトリエ見学などをし、郊外も走った。アルク川沿いの公園でランチを食った。10月も末なのに緑濃く、影が深い。空飛ぶ蜘蛛が吐く糸の流れがきらめくのをめでながら公園でスケッチしようとした。しかし、相当変わった青年が分かりもしないのにくどくど話しかけてくるのであきらめた。
高速道路の上にかかる歩道橋の上でスケッチすることにした。セザンヌの絵でおなじみのサントビクトワール山だ。
113 ゴッホの跳ね橋 その1 Arles Ⅶ-8 10月24日 France 350x253 個人所有
114 ゴッホの跳ね橋 その2 Arles Ⅶ-9 10月24日 France 350x253
前日、ゴッホの絵で有名な跳ね橋の下見に来た。ツーリストもまれで実に雰囲気が良かったので、アルルのキャンプ場で連泊してじっくりここでスケッチすることにした。手作りランチを持って、朝からアルル郊外のここへやってきた。
ゴッホの跳ね橋のスケッチ2点目。釣り人が小さく描き込まれているが、釣れていたかどうかは記憶に無い。
115 ゴッホの跳ね橋 その3 Arles Ⅶ-10 10月24日 France 350x253
ゴッホの絵で有名な跳ね橋のスケッチ3点目。10月末なのだが、プロバンスの陽射しには力がある。橋の右たもとにあるバアさんのあばら家も陽光に輝いている。ここからパレットを踏んづける犬もやってきたのだった。
このスケッチが終わったのは3時過ぎだった。この後、アルル市内で食料を買い込んでキャンプ場へ戻った。
ゴッホが入っていたという病院は修繕中だった。
116 Camarugue カマルグ その1 Ⅶ-11 10月25日 France 350x253
アルルを出て、ローヌ河口に広がる大湿原、カマルグにやってきた。Stes-Maries-De-La-Merにあるユースホステルには9時半ごろに着いてしまった。荷を降ろし、スケッチ道具だけを積んでカマルグ探索スケッチに出た。
しこたまランチを食った後、スケッチを始めた。ところどころに魚網が仕掛けられた汽水の広大な沼に、フラミンゴが立っている。静かで音といえば、時折の飛行機を除けばフラミンゴやカモメなどの鳥の声だけだった。
117 Camarugue カマルグ その2 Ⅶ-12 10月25日 France 350x253
ほぼ同地点で2点めのスケッチ。夕方近くなるとすさまじい蚊柱が立つ。そうなるともう防虫スプレーは効かない。大急ぎでスケッチを仕上げた。
118 Camarugue 白馬 Ⅷ-4 10月25日 France 320x240 個人所有
ユースホステルを軽装の自転車で出て、自然保護区を巡った。砂の地道がほとんどだった。スケッチを一枚。YHに帰っての、砂にまみれたチェーン掃除に難儀したのだった。
ここから最後のスケッチまで、紙はフィレンツェで買ったアルシュ紙になる。荒目のRoughとスムーズなCold Pressが混在している。
119 Pon du Gard 下手から Ⅷ-5 10月27日 France 320x240 個人所有
カマルグのユースホステルを出てニームを経て、12時過ぎにローマの水道橋へ着いた。昼飯を食ってしばらく後、水道橋下手から見上げてスケッチを始めた。終わってからキャンプ場を目指した。
120 Pon du Gard 上手から Ⅷ-6 10月28日 France 320x240 cold press
近くにあったキャンプ場に連泊して水道橋スケッチに励むことにした。ゆっくり朝飯を食い、ランチを作り持ってスケッチに出た。
スケッチ前日は下手からスケッチしたのだが、上手からスケッチすることにした。水道橋を渡る人々が見えるが、手すりも無くて危なっかしい。
121 Pon du Gard 釣り人 Ⅷ-7 10月28日 France 320x240 個人所有
122 Pon du Gard 上手にて Ⅷ-8 10月28日 France 320x240 cold press
この日、水道橋での3点目のスケッチ。川の上流をスケッチする。川の流れの音にかき消されて、近くにあるはずのサーキットからの排気音が聞こえない。気がまぎれることなく落ち着いてスケッチができた。
123 VIENNE Ⅷ-9 10月30日 France 320x240 個人所有
124 快晴 Ⅷ-10 11月1日昼過ぎ France 320x240 cold press
キャンプの朝はよく冷えた。テントの中で手ぬぐいが凍った。霜で覆われたテントが今は濡れて荷台でベトベトになっている。天候に恵まれて今日も良い天気だ。Chalonのユースホステルに泊まるつもりなので、もう遠くない。自転車を停めてテントを干すことにした。テントを地べたに広げて、その間に、木柵の前に座り込んでスケッチすることにした。
125 Chalon sur Saon Ⅷ-11 11月1日夕方 France 320x240 cold press
途中でテント干しがてらのスケッチをしてきたが、Chalonには3時に着いた。川端にガソリンを漏らしている車が停まっていた。弁当箱ストーブの燃料にもっけの幸いと、ビンで受け溜めた。その間、ついでにスケッチした。
終了後に泊まるつもりのユースホステルに行ったが、閉まっていた。ライトをともしてさらに先に進むことになったのだった。
当日の日記にはひどい出来だと自嘲しているが、フランスの秋風情がよく感じられる好作だと思う。
126 Gray郊外 その1 Ⅷ-12 11月3日午前 France 320x240 cold press
浅井忠の水彩画にあこがれた。彼が滞在して数多くの作品を成した田舎町、Grayに向かった。そこにあるユースホステルに3泊してスケッチに励むことにした。
一泊した朝、手製ランチを持って出かけた。前日Grayに入った夕方に下見しておいたスケッチポイントを目指した。
何も言うことは無い。ただの、郊外に立つ田舎屋。ひたすら風が冷たく、寒い。
127 Gray郊外 その2 Ⅷ-13 11月3日昼 France 320x240 cold press
前作の前景になった石橋を下から見上げてスケッチした。寒い。
128 Gray郊外 その3 Ⅷ-14 11月3日午後 France 240x320 cold press
ほぼ冬枯れになった木々と枯れ木の枝振りが興味深い。
129 GrayのYH夜明けの窓外 Ⅷ-15 11月4日朝 France 320x240 rough
ユースホステルでは個室だった。2泊した朝、霜野となった快晴朝焼けの窓外光景をスケッチした。
130 Gray街中 Ⅷ-16 11月4日午前 France 240x320 cold press
夜明けの自室窓外スケッチの後で9時ごろ、Gray街中でスケッチするためにYHから出かけた。
日陰でひどく寒い。手指がかじかんで細部まで描き込めない。おばさんが声をかけてくれるが、きっと同情の言葉だったのだろう。
スケッチを終えた後、広場に立った朝市でチーズなどを買って、昼食休みのためにYHへ帰った。
130 Grayの橋 Ⅷ-17 11月4日午後 France 320x240 個人所有
昼飯をしこたま食って外に出た。13時で7℃の外気温だった。しかし、風が防がれた橋のたもとの陽だまりで、石垣にもたれて快適にスケッチすることができた。
この後、夕暮れ時にYH自室窓外のスケッチをした。夜明けの朝焼け風景とほぼ同じ様な絵になった。傑作だった。しかし、この後、サントリーニで知り合ったスイス人と日本人妻の夫婦宅をスイスに訪ねたおり、滞在の返礼として請われるままにそれを譲った。
131 Liss 知人宅窓外その1 Ⅷ-19 11月7日 Switzerland 320x240 rough
グレーからはスイス国境を目指した。サントリーニで知り合ったスイス在住のJaeggi夫妻を訪ねるためだった。ベルンからは自転車で1時間弱の距離にある町、Lissにある彼らのお宅にお邪魔した。
Jaeggi夫妻宅の窓外をスケッチする。この霧では、戸外スケッチは無理だろう。
ここに2泊したのだが、この地方はずっと霧が立ち込めていた。いくつかの湖があり、河川も流れているためなのだろう。標高が高くなる国境あたりは晴れ上がっていて冷え込みが厳しく、空中の氷細粒、ダイヤモンドダストがきらめく中を走ったのだった。
132 Liss 知人宅窓外その2 Ⅷ-20 11月7日 Switzerland 320x240 rough
連続で、少し向きを変えてスケッチする。知人、Yaeggi夫妻宅の窓外スケッチ。
フランス、スイス間の道は往復ほぼ同じ道程だった。上り下りに加えて強い冷え込みで厳しい行程だったが、美しさは記憶に残った。さらに、フランス側のPontarlierでは競技スキー用品、スラローム用グラブとレーシングワンピ(後日、これを着てトレーニングランをしていた折、コーチ陣の一員の日本女性トップレーサーがこれはクロカン用では、と指摘した。確かにスカスカでアルペン用には寒すぎた。)の買い物をしたことでも記憶に残った。
この後、帰国便を待つ空港近くの宿に入るまでスケッチは無い。ひたすらパリを目指してペダルをこぎ、パリとその周辺では美術館めぐりをはじめとした見学見物に専念したのだった。
133 Lu Plessis Luzarches その1 Ⅷ-21 11月18日 France 240x320 rough
パリ郊外ロワシーの空港近辺では手ごろな宿を見つけることができなかった。かなり離れた村にやっと思うような宿を取ることができた。そこの地名はLu Plessis Luzarchesというのだろう。宿の名はLa Ferme Du Marinと呼ぶらしい。宿よりバーレストランの営業が主になっているようだった。季節のせいもあるだろうが、他の宿泊客は目に付かなかった。宿に入ってまず、自転車の解体荷造りをした。
翌日朝、宿のそばでスケッチを始めた。スケッチを始めると少し時雨れてきた。夜中に雨が降ったのだろう、道に水溜りがある。ニースで雷雨に見舞われて以来の雨で、秋のパリあたりの、抱いていたイメージ通りの気象になった。低く雨雲が流れ、時雨れる。雲の合間に青空が現れる。
左手の建物が泊まっているホテルだ。
134 Lu Plessis Luzarches その2 Ⅷ-22 11月18日 France 240x320 rough
時雨を何とかしのぎつつ1枚目のスケッチを描き終えて、2点目にかかった。ほぼ同じ地点で方向を変えてのスケッチ。なんとか2点目も描き終えて、昼過ぎに宿に戻って昼飯となった。
翌朝、気むづかしいと思っていた親父さんも笑顔を見せてくれ、愛想のよい女将さんに見送られ、女性ドライバーのタクシーに大荷物とともに乗り込んで、帰国便が発つ空港へと向かった。





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