1998年夏3ヶ月の自転車スケッチ旅は、サンフランシスコから太平洋岸を北上し、カナダ北西部からアラスカを走る旅でした。カナダではデンプスターハイウェイを、アラスカではダルトンハイウェイを往復して北極海沿岸地方まで足を伸ばしました。
強風と雨、深いぬかるみ泥道、さらに、ダルトンハイウェイのブルックスレンジ越えは雪降り、凍結路(泥道が凍結すると舗装路のようでとても走りやすいものでしたが。)と、厳しい行程でした。人体に増して自転車にも厳しく、泥詰まりによる不調やフリーハブ凍結による不調、あげく、雪道でのタイヤバーストにより、タイヤを針と糸で縫っての何日にも渡る悪路走行もありました。長いところでは数百Kmも食料調達が出来ぬ悪路区間があり、積荷の重量にも苦しんだ旅でした。
しかし、大いなる自然の美しさに触れることのできた旅でした。数々の野生動物や鳥を間近に観察し(巨大な灰色熊を目前にしたときはビビリましたが。)、マッキンリー山を望み、氷河を至近距離から眺め、ツンドラの紅葉と新雪のモザイク模様をめでる旅でした。
いずれも現場で完成させた水彩画です。お楽しみください。サイズはいずれもF4です。スケッチ展にて買い上げいただいた作品は載せてありません。それらをお持ちのかたは、それがどの位置にあるか、検討しつつお楽しみください。
1 北部カリフォルニア海岸 Ⅰ-1 6月1日
道端で手持ちのランチを終えて、そのままスケッチを始めた。崖の上から太平洋を描く。
足元にはクラックが入っていて、いつかはここも崩れ落ちるのだろう。
陽が照ってきて暑い。風の冷たさに震えながら自転車をこいでいたのに、スケッチで汗をかくとは。
2 太平洋岸の流木 Ⅰ-2 6月4日
カリフォルニア州最北端の海岸。早朝、夜を過ごしたキャンプ場から浜に下ってスケッチした。このあたりはセコイアの巨木で名高い雨林地帯。浜をジョギングしていた初老の男性が、いくつかの木の名を教えてくれた。レッドウッド(セコイア)、ヒノキ、モミ、、、、。それらの流木群を描き込む。
スケッチしている足元を、灰色の小さなウサギが跳ねていった。
3 William Tugman State Park Oregon Ⅰ-3 6月6日
泊まったキャンプ場が、連泊すると一泊分ただ、ということで連泊する。そしてすぐそばの湖に出かけてスケッチした。
木立に囲まれた水場で子供が水浴びしている。こっちはレインジャケットまで着込んでスケッチしているのに。風強し。芝生に白い花。
4 Vancouver Island から Ⅰ-4 6月15日
Victoriaを出て、カナダ本土へのフェリーが出るNanaimoに向かった。途中、高見から海峡越しのカナダ本土をスケッチする。
5 フィヨルド B.C. Canada Ⅰ-5 6月16日
バンクーバー島から本土へのフェリーはHorse Shoe Bay に着いた。上陸して、少し走ってキャンプした。そこからスケッチした。
フィヨルド越しに望む雪山が美しい。
6 Fraser Lake B.C. Canada Ⅰ-6 6月25日
小さな村、Fort Fraser の公園で心癒されながら昼飯休みを取った。そこから走り出すとすぐに湖畔に出た。そこにキャンプ場があった。快適なキャンプ場だった。久々のお湯シャワーを楽しみ、お湯を使っての洗濯もできた。夕食支度の前にスケッチをした。
フレイザー湖をスケッチする。湖岸を鉄道が走っていて、歩道の踏切がある。空模様が怪しいが、姿を刻々と変える雲が美しい。しかしこれを描写するのは至難の業だ。
スケッチを終えるのと雨が降り出すのは同時だった。そして、米を炊く支度を始めたのだった。
7 Smithers 手前 B.C. Canada Ⅰ-7 6月27日
雪山が見えた。雑草が咲き乱れる、見捨てられた草地に入り込んでスケッチすることにした。
怪しい雲行きで雨を心配したが、陽が差してきて暑い。
(翌日スケッチするときに気がついたのだが、ここで、山の雪を描くのに使ったチャイニーズホワイトチューブをしまい忘れてしまったようだ。)
8 Eagle Peaks B.C. Canada Ⅰ-9 6月29日
Smithersは美しい町だった。小さな町ながら、画材を扱う書店もあった。街を見降ろしてそびえるイーグルピークスのふもとにはスキー場があった。日曜の夜をスミザーズ町立キャンプ場で過ごし、月曜朝の、画材を扱う書店が開くのを待った。そして、チャイニーズホワイトを手に入れて町を出た。
すると、湖越しにイーグルピークスが間近に迫ってきた。規模は小さいがグレイシャー、氷河だろう、初めて眼にするものだ。天気が心配だが、道端に自転車を停めてスケッチすることにした。案の定、雨が降り出して、描きかけで終わってしまった。
9 Glacier HW B.C. Canada Ⅰ-11 7月2日
氷河を見物しようと枝道を往復した。ハイダー、スチュワート方面への一本道、グレイシャーハイウェイだ。
ゆるい下り道の先に氷河が見えてきた。先端が広い駐車場に落ち込んでいるように見えた。それは、氷河が削るシルトで乳茶褐色に濁った湖水だった。
湖水べりで昼食を摂った。水に入って、氷河から砕け落ちた浮き氷を拾い上げ、かじってみたりもした。かなりの時間遊んで後、やっとスケッチに取り掛かった。
どうして氷河の氷はかくも深遠な青みを帯びているのか、謎だ。
10 Glacier HW沿いの峰 B.C. Canada Ⅰ-12 7月3日
昨夕、テント背後に巨大な丸い灰色熊の顔が現れた。テントを離れ、コンクリート製の砲台小屋(雪庇を打ち落として大雪崩を予防するためのもの)屋上に夜を過ごした。風があって虫に悩まされず、晴れて美しい夜だった。朝、そこから山をスケッチした。
しばしば、岩肌の崩落する音が雷鳴のように響き渡るが、目には何も映らない。間近に迫って見える山肌だが、実際は何キロも離れているのだろう。
11 Ningunsaw River B.C. Canada Ⅰ-13 7月4日
Cassiar Hwを北上している。上り下りがきつい。下りになった。Iskut River支流のNingunsaw Riverに沿って走っている。自転車を停めて、川端でスケッチした。
雪渓や氷河から流れ出る水を集めた水流は、かなりの勢いがある。その水色は、削られた大地の粒子を含んで乳褐色に濁っている。
12 Kinaskan Lake B.C. Canada Ⅰ-14 7月5日
朝、走り出して間なしだったが、湖のあまりの美しさに、自転車を停めてスケッチした。朝時の無風のため、湖面への映り込みが完璧だ。
左端の林にY.Takaサインを入れ、‘98 7 5日付を湖面に倒置させて入れた。
13 Stikine River B.C. Canada Ⅰ-16 7月8日
Deese LakeからTelegraph Creek、Glenora 方面への枝道を往復した。片道2日かかった、険しい極悪路の行き止まりの道だった。行き着く先は山火事の最中で、流れ来る煙の動向にも注意が必要だった。苦労の末に見えたものは、ゴールドラッシュの時代には交通要所で賑わったのだろうが、今はわずかの人々が住む集落か、墓地のみを残す町跡だった。
帰路、ささやかなフリーキャンプ場に一人、テントを張ることにした。そこから、Stikine Riverの渓谷を見降ろしてスケッチした。
14 Tanzilla River B.C. Canada Ⅰ-17 7月9日
往路で泊まった、キャシアーHwから40Km地点まで戻ってきた。昼ごろ。スケッチする。Stikine Riverの支流、Tanzilla Riverだ。
往路では山火事の煙でひどく煙っていたが、スケッチしているうちに見通しが広がってきた。風向によるものか、火勢の衰えによるものだろうか?
15 Cassiar B.C. Canada Ⅰ-18 7月11日
Cassiar Hwから短い枝道を往服してCassiarをたずねた。ハイウェイの名前はこの町名に由来している。石綿鉱山で賑わったが、1992年の閉山後は寂れてゴーストタウン化している。
ボタ山手前のサービスステイション跡でスケッチした。Pacific 66の道路標識がギャグっぽい。
16 Johnsons‘s Crossingあたり Yukon Territory Ⅰ-19 7月14日
ユーコン州に入って、アラスカとカナダをつなぐ幹線のAlcan Hwに乗った。北西へと進んだ。
この日は160km走り、Johnsons‘s Crossingを過ぎたあたりで、静かな、浅そうな湖水の縁にキャンプした。テントを設置して、夕食前に湖をスケッチした。
ランクルに乗った御夫婦がやってきて、キャンプ仲間ができた。2人はランクルに乗って世界を回っており、これからシベリアを目指すつもりと言っていた。
17 Atlin(アトラン) B.C. Canada Ⅰ-20 7月15日、16日
Jake’s Cornerから枝道を往復してAtlin(アトラン)を訪ねた。そこは、細長いアトラン湖に面した、ゴールドラッシュ時代の面影を残す静かな町だった。
アトラン湖を小屋の狭間に見てスケッチを始めた。しかし、空が荒れて雨も降ってきたので中断した。翌日、ここに戻ってきて続きを描きこみ、完成させた。
18 Como Lake B.C. Canada Ⅱ-1 7月16日
Atlin郊外のコモ湖畔にキャンプして夜を過ごした。ボートを浮かべて釣りをしていた二人の男が帰りがけに、唯一の釣果と思われる魚をくれた。40cmはあろうかという大きなニジマスだった。焚き火で焼いて食ったが、醤油があれば、せめて塩が、、、と思いはしたが、感謝しておいしく頂いた。
朝、スケッチした。南風が冷たく、手がかじかむ。朝日は背後の北から昇ってくる。焚き火の煙が目にしみた。
19 Clondike Hw のWild Fire Yukon Territory Ⅱ-2 7月18日午前
Whitehorseからクロンダイクハイウェイを北上した。このあたりは、夏季にはひどい乾燥地帯となる。道端には野火焼け跡が広がっていた。自転車を停めてスケッチした。このあと、何十kmにも渡って、山火事をかすめて煙の中を走ることになる。
野火はすべてにおいて破壊的というわけでなく、これも自然環境のひとつであり、野火に適応し、これを利用する植物もある。ひと所で、二百年に一度は野火に焼かれる歴史が刻まれているとのことだが、人間が入り込んでそのサイクルはひどく短くなっただろう。
20 Nordenskiold River Yukon Territory Ⅱ-3 7月18日夕
川べりに野宿した。大河Yukon Riverの支流だろう。夕食準備前にスケッチした。
ほとんど平地を流れる川は、蛇行を繰り返して緩やかな流れを湛えている。空が鈍いのは野火の煙によるものだ。
21 Arctic Red River Northwest Territories Ⅱ-4 7月29日
北極圏へと伸びるDempster Hwを往復する。片道七百数十kmある極悪路の厳しい行程だった。帰路、Mackenzie河畔でスケッチした。
Mackenzie RiverとArctic Red Riverの合流部で、Dempster Hwの接岸点と合流先端地点にある村、Arctic Red Riverの3点を結び、乗客の希望に応じてフェリーが走っている。
フェリー待ちを兼ねてのスケッチである。往路では迂回して立ち寄ってみたArctic Red River集落を描いた。
22 Richardson Pass Yukon Territory Ⅱ-6 7月31日
凄まじい強風で、時折、吹き倒されぬように自転車にしがみついた。そんな我が姿がおかしくて一人笑いした。それでも峠を越した。下りがかったところに水場があって、給水停止した。風をさえぎる岩陰があったのでスケッチすることにした。
これから下っていく道筋を描いた。ジャケットを着込んだが寒く、手がかじかむ。昨夕のキャンプ仲間だったWayns氏のキャンパーが、スケッチしている小生に気付かずに目前を下っていった。(後日、Dawsonで氏に再会したが、ひどい強風だったうえに自転車の小生を見かけなかったので心配した、と言っていた。)
23 First Avenue Dawson City Yukon Territory Ⅱ-7 8月5日昼
1898年のゴールドラッシュで、ほとんど一夜にして出来上がった町、ドーソン。かつてはユーコン州都だったが、それもホワイトホースに移り、今はいくらかの鉱業と観光業の中心地となっている。ゴールドラッシュ百周年で、この夏はことさら活気付いているようだった。
緑地公園を介してユーコン川縁に延びるファーストアヴェニュー。土産物屋が並んでいる。緑地のベンチテーブルではランチを広げるツーリストもいる。手前に停まっているキャンパーは、ダルトンハイウェイでキャンプ仲間だったWayns氏が運転していたものに似ている。
24 Dawson Museum Yukon Territory Ⅱ-8 8月5日午後
ドーソン博物館建物脇でランチを済ませた。そのままスケッチする。野球をする少年達がいる公園グラウンドを背景に、野外展示されている錆機械を描いた。道路造成整備に使われたグレーダーだ。蒸気機関トラクターなんぞに引かれて、路面を削りならしたのだろう。進化こそすれ、同じ機能で働いているのをさんざん土道で見てきた重機と同じものだ。
25 ドレッジャー Alaska Ⅱ-10 8月7日
ドーソンから山尾根をつないで走る土道、その名もTop Of The World Hwを西に向かい、国境を越えてアラスカ州に入った。Chicken近く、川砂利の中に巨大な船とも重機ともつかぬ構造物が錆朽ちかけるままに放置されていた。河原でスケッチすることにした。しかし、すぐに雨が降り出して、始め掛けのままに片付けた。
この機械はドレッジャーといい、川底を掘り返して砂金を選別採取しつつ、自身が浮かぶ深みを作っては移動するといったしろものだ。これが入った川にはその後、鮭が見られなくなったといっても、そりゃ当然だろう。
26 Barch Lake Alaska Ⅱ-11 8月10日
Fairbanks南西百Kmあたり、Richardson近くに、米軍御用達保養地と思われる湖があって、湖岸にキャンプした。釣りに来た米兵士から、飲み物やスナックの数々をご馳走になった。風は強いがスケッチすることにした。
スケッチするうちに風は弱まったが、終えたのは21時近かった。それから、洗濯、洗髪、飯炊きとこなし、落ち着いたのは23時をはるかに回ってしまった。
27 Elliot Hw Alaska Ⅱ-13 8月13日
北極海へと伸びるダルトンハイウェイを辿るべく、フェアバンクスから北に向かった。まずはエリオットハイウェイを走る。やがて舗装は切れて土道になり、ぬかるみ泥つまりで自転車がチェーンとびするようにもなった。18時前に早めのキャンプにした。
夕食後に、夕日が翳り行く中でキャンプ地のスケッチをした。我がテントと自転車を画面右に入れる。夜露が降りてきてひどく紙面の乾きが悪い。終了は22時半ごろだった。
28 Brooks Range北面 Alaska Ⅱ-15 8月21日
北極海につながるDalton Hwを往復した。片道650Km、紙幣がただの紙切れでしかない区間が400Km近く続く、極悪路の厳しい行程だった。南から越してきたブルックス山脈を、再び越すべくAtigun峠を目指した。往路では雪の中、北風に抗って走った道を、復路では山越の南風に抗って走った。山に近づけば時雨れているだろう。山の手前、Galbraith Lakeあたりで自転車を停めて、道端でスケッチした。
往路では雪景色だったが、復路では秋の風情になっている。道は乾いて埃っぽく、大型トラックが走ると視界ゼロになってしまう。風に震え、凍える手でスケッチする。
終了は19時前。冷え切った体を温めるべく、もう少し先へと自転車を漕ぎ出した。
(往路のこのあたりで雪の中、リヤタイヤが裂け破れた。その道端の雪原にテントを立て、その中で、タイヤに当て布をして針と糸で補修した。そのタイヤで千Kmほどの悪路を走り続けてダルトンハイウェイを往復し、フェアバンクスまで帰ったのだった。)
29 Dalton Hw ユーコン河南側 Alaska Ⅱ-17 8月24日
ユーコン河を南へ渡ってすぐ、草原中にテントを張った。ダルトンハイウェイの始点まであと一日の走行を残す地点だ。暖かくなって、蚊がしばらくぶりに襲ってくる。雨も降ってきて、テントの中から窮屈な姿勢でスケッチした。
山々は野火の跡地と見られ、ファイヤーウィードの赤い花色に染まっている。焼け跡に一番に茂るのがこの草で、それが名前の由来だそうだ。赤い花色も炎を想起させるのだが。
スケッチ中に米を水に浸して置く。夕飯は炊き込み飯だった。
30 Botanical Garden UAF Fairbanks Alaska Ⅱ-18 8月28日午前
アラスカ大学フェアバンクス校の植物園。朝、晴れ渡って、遥かに高山がずっと連なって姿を見せている。この中にマッキンリーはあるのだろうか?花壇の下にはアラスカ鉄道が設置されており、時々、轟音を立てて列車が走る。畑には鴨の大群がいるのだが、渡りに備えているのだろう、この轟音に関せずに餌をついばみ続けている。
31 UAF Fairbanks Alaska Ⅱ-19 8月28日午後
アラスカ大学フェアバンクス校の植物園。ここには、ささやかなビジターセンターがあって、トイレがあり、みやげ物を買うこともできる。午前のスケッチ終了後にもここへ入った。35セント置き、セルフサービスで2カップのコーヒーを持ち出した。用意してきた自作のサンドイッチでランチを摂った。それから、2点目のスケッチに取り掛かった。
午前作から方向を変えて写生する。研究室と思われる建物と背後に畜舎、さらに奥にはサイロを入れた。
32 Mt. Mckinleyあたり Denali Park Alaska Ⅱ-20 8月31日
マッキンリー山をスケッチするつもりで画材を開いた。きっと雲の中にマッキンリーはそびえているのだろう。紅葉に染まったツンドラ原野に座り込んでスケッチを始めた。
あたりには、ブルーベリー、ブラックベリーやクランベリーなどが地べたに張り付くように実っている。ブルーベリーはもう熟しすぎているようだ。スケッチ前後にしこたまつまみ食いする。しかし、デナリパーク内では道端に何頭も熊を見た。ベリーを好んで食っている熊が気にかかる。
日付が30日になっているが、本当は31日。
33 Denali Park Alaska Ⅲ-2 9月1日
Denali National Park And Preserveはデナリ山すなわちマッキンリー山の北東に広がる広大な国立公園自然保護区だ。ここに入り込む片道百何十kmかの土道を往復した。自動車は入れぬが自転車は問題なかった。
帰路、枯れ川にかかる橋の下でスケッチした。風が強く、橋げたの間を吹きぬける風が冷たい。
34 秋色のしげみ Denali Hw Alaska Ⅲ-4 9月3日
デナリパークを後にしてデナリハイウェイを走った。旅の終点のアンカレッジとは方向違いの大回り道だった。
デナリHwに乗って最初のキャンプは、ツンドラブッシュに入り込んで、だった。まず、スケッチする。スプルースの木、コケ類、紅葉の美しい潅木類、紅葉が見事なブルーベリーの矮小木。常緑の矮小木はブラックベリー。
スケッチが終わる20時半ごろにはにわか雨が来た。おおあわてでテントを立てた。
35 Valdezのマリーナ Alaska Ⅲ-7 9月7日
Richardson Hwを南下して終点のバルディーズに至った。氷河を頂く山々に取り囲まれた港町で、ヨットや漁船で賑わうハーバーがある。北極海からのオイルパイプラインの終点でもあって、石油の積み込みを待つタンカーも港外に停泊している。夜になると、この石油基地の明かりが海面に映りこみ、美しい夜景を見せる。
マリーナでベンチに腰掛けてスケッチした。ここのマリンセンターで、3ドルであったかいシャワーを浴びることができて、さっぱりしてのスケッチになった。
ここからフェリーに乗ってSewardに渡り、その先から(港から道路まで、トンネルを走る鉄道がつないでいる。)アンカレッジまでの最後の行程を走ることとなった。
36 Dimond Shopping Center Anchorage Alaska Ⅲ-10 9月15日
連泊しているバックパッカーズホステルから自転車で出て、ダイモンドショッピングセンターにやってきた。ロイヤルホークレストランのバフェ(ビュッフェバイキング)で飽食尽くしの昼食の後、スケッチすることにした。
Value Village(リサイクルショップチェーン店)あたりからスケッチする。北米ならどこでも見られるファーストフードチェーン店の看板類が認められる。
(アラスカの都市部でひどく目に付いたのはPawn Shop(質屋)とリサイクルショップだった。今でこそ日本でも多数のリサイクルショップが見られるが、1998年の日本人の目からは異様に感じたものだった。アラスカ経済の斜陽ぶりを示すかに思えた。)
37 テニスコート Anchorage Alaska Ⅲ-11 9月17日
アンカレッジでは帰国の飛行機便を手配し、出発までの一週間を過ごした。この日は、宿から遠くない静かな住宅地でスケッチした。テニスコートを取り巻く樹木の紅葉が美しい。
